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土橋勇逸

つちはし ゆういつ
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土橋 勇逸(つちはし ゆういつ、1891年〈明治24年〉1月1日 - 1972年〈昭和47年〉5月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 佐賀県小城郡芦刈村(現・小城市)出身。小城中学校在学中、日露戦争が勃発。郷里から将校が出征する姿や、演習帰りの歩兵第48連隊の留守大隊の将校らを見て自身も軍人を志す。熊本陸軍地方幼年学校、中央幼年学校に進学。中隊長は三木宗太郎、区隊長は津村諭吉(のち鴨脚光弘)、指導生徒は神田正種だった。神田の誘いで富久町の善慶寺にて精神修養を行うようになり、陸士卒業後も同期の甘粕正彦と度々訪れている。歩兵第37連隊での勤務を経て陸軍士官学校に進学。しかし区隊長の森本八十三中尉とのそりが合わず、大きく内申点を落としてしまう。

出典:ウィキペディア「土橋勇逸」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋