原田 重吉(はらだ じゅうきち、1868年11月23日(明治元年10月10日)- 1938年(昭和13年)8月6日)は、大日本帝国陸軍軍人。篤農家。日清戦争での平壌の戦いにおいて「玄武門破り」の英雄として知られた。名前は十吉とも表記される。 三河国加茂郡日明村(のち愛知県東加茂郡豊栄村、松平村、松平町を経て現・豊田市)に原田幸吉の次男に生まれる。家業の農業に従事し、1888年、徴兵検査に合格し、豊橋歩兵第18連隊に入隊する。3年後に除隊、除隊後は帰郷し、農業に従事した。 1894年、日清戦争が勃発し、召集された重吉は平壌の戦いに参加した。9月15日に平壌総攻撃の命令が下り、部隊は玄武門に近づいた。
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