有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
入

入沢恭平

いりさわ きょうへい
Wiki ↗

入沢 恭平(いりさわ きょうへい、旧字体: 入澤 恭平 1831年7月18日(天保2年6月10日) - 1874年(明治7年)1月10日)は、幕末・明治初期の在野の洋方医教育者、陸軍軍医。 幼名は恭助、字は尊典、号は松塢。初代東京帝国大学医学部綜理(初代の東京大学医学部長に相当)である池田謙齊の兄。入沢達吉は息子。 越後国蒲原郡中之島村西野(現・新潟県長岡市)に生まれる。蘭方医学者が縁戚に複数いたことで医学を志した(弟の池田謙斎も同様)。江戸に出て蘭医学者の戸塚静海と土生玄昌に教えを受ける。その後、万延元年(1860年)に長崎に赴いて、ポンペから医学を教授された。この長崎滞在中に記した日記が残されている。

出典:ウィキペディア「入沢恭平」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋