大崎 二六郎(おおさき にろくろう、明治3年〈1870年〉2月6日 - 大正14年〈1925年〉7月20日)は、日本の政治家。新潟県長岡市出身。21歳で入東谷村(現、新潟県長岡市)の村長となり、30歳で県会議員に当選。村長となること三期、県会議員当選4回、郡会議員当選3回、政治家として活躍した。大崎家十四代当主。 大崎二六郎は、大崎彦助の長男として明治3年(1870年)2月6日、新潟県古志郡来伝村(現、新潟県長岡市来伝)で生まれる。父・彦助は、旧長岡藩家老・河井継之助の従者であり、長岡藩領来伝村の割元(大庄屋)であった。幼少の頃は、祖父・津右衛門邦常と起居を共にし、大いにその感化を受けた。 二六郎は、歌人(俳号は「梅渓」)として、また、尺八の名手としても活躍し、小学校のピアノ開きに六段や越後獅子の曲を琴と合わせて演奏した。
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