西 成度(にし なりのり / なりたき / しげのり、1835年7月17日(天保6年6月22日)- 1891年(明治24年)4月5日)は、幕末の阿蘭陀通詞・幕臣・静岡藩士、明治期の司法官。大審院長、東京控訴院長。通称・吉十郎、幼名・松十郎。 肥前国長崎平戸町(現長崎市江戸町)で西家第11代・阿蘭陀通詞の西吉兵衛成量、登美夫妻の長男として生まれる。天保10年8月7日(1839年9月14日)数え5歳で稽古通詞を申し付けられる。以後、小通詞末席、小通詞並、小通詞助、小通詞と昇進。嘉永3年9月(1850年10月)幕府より阿蘭陀通詞に英和辞典編纂の命が下され、『エゲレス語辞書和解』(未完)の編纂者の一人となる。
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