有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
河

河内礼蔵

かわち れいぞう
Wiki ↗

河内 礼蔵(かわち れいぞう、1862年11月1日(文久2年9月10日) - 1927年2月10日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 鹿児島県種子島出身。西之表納曽生まれ。1885年(明治18年)6月、陸軍士官学校(旧7期)を卒業し歩兵少尉に任官。 日露戦争に出征。遼陽会戦前の1904年(明治37年)8月、前任の吉田貞中佐の戦死により歩兵第4連隊長に就任。1905年(明治38年)3月、戦傷を受け解任。1906年(明治39年)2月、歩兵第4連隊長に復帰し、1907年(明治40年)11月、歩兵大佐に昇進。1911年(明治44年)9月、陸軍少将に進級し歩兵第15旅団長に就任。 1915年(大正4年)2月、歩兵第35旅団長に転じた。

出典:ウィキペディア「河内礼蔵」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋

🌐 海外Wiki:中国語 (zh) ↗