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山

山本庄司

やまもと しょうじ
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山本 庄司(やまもと しょうじ、1857年6月7日〈安政4年5月16日〉 - 1924年〈大正13年〉5月7日)は、日本の政治家。 山本郡富根村(後に二ツ井町となり現在は能代市の一部)出身。1873年(明治6年)に秋田市の白土塾で学んだ。家督を受け継いでおり、妻や子もいたが、妻や妻の兄(瀬谷長治)の理解を得て、1879年(明治12年)3月16日に上京した。東京では二松学舎に入学し秋田県出身の狩野良知の元に1週間に1度「不可解のカ処質問」をしに赴く勉学に励み、自由民権思想を吸収した。およそ4か月半東京に滞在した後、暑気に当たったことと流行のコレラの心配から帰郷した。1880年(明治13年)に遐迩新聞に「国会開設建議有志団結案」を発表。

出典:ウィキペディア「山本庄司」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋