安島 友義(安嶋友義、あじま ともよし、1922年(大正11年)2月7日 - 1999年(平成11年)6月9日)は日本の政治家。衆議院議員(1期、日本社会党)。 茨城県日立市生まれ。日立製作所に入社後、同社労働組合では中央執行部の幹部として活動する。茨城県労働会館を建設する際には実行委員会の副委員長を務め、組合桔成十五周年の記念事業として行った『組合史』の編纂では小委員会の委員を務め、安島が戦後編における各章の概説の執筆を担当した。 日本社会党の衆議院議員石川次夫の死去を受け、日立労組顧問だった安島が後継となり、1976年(昭和51年)、第34回衆議院議員総選挙に茨城2区から立候補。日立労祖の組織票を受け、同選挙で1位の塚原俊平に次ぐ70,600票を得票し当選した。
出典:ウィキペディア「安島友義」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
