角田 浩々歌客(かくだ こうこうかきゃく、明治2年9月16日〈1869年10月20日〉 - 1916年〈大正5年〉3月16日)は、明治時代の詩人、北欧文学者、文芸評論家、新聞記者。本名:角田勤一郎。大阪の論壇・文壇で重きを成して世論形成に大きな力を持ち、東の坪内逍遥と並び称された。 新聞社ごとに号や筆名を使い分け、『國民新聞』では岳麓布衣、『大阪朝日新聞』では不二行者、出門一笑、『大阪毎日新聞』では迂鈍居士、鈍右衛門、『読売新聞』では剣南、伊吹郊人、豹子頭、『東京日日新聞』では浩々而歌閣主、他、剣南道士など。 駿河国富士郡大宮町(現・静岡県富士宮市)生まれで旧静岡藩士の家系。佐野天声の実兄である。
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