浅川 敏靖(あさかわ としのぶ / としやす、1860年6月7日(万延元年4月18日)- 1933年(昭和8年)6月29日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。馬政局長官を務め、馬政の権威として知られた。 甲斐国巨摩郡西井出村(のち山梨県北巨摩郡大泉村、現北杜市大泉町西井出)で、酒醸造業・浅川周蔵の四男として生まれる。甲府徽典館で学び、小学校訓導、校長を務めたが視学官と対立して免職となり、1881年、陸軍教導団に入団。1886年6月25日、陸軍騎兵少尉に任官し、同月28日、陸軍士官学校(旧8期)を優等で卒業し、騎兵第1大隊小隊長に任じられた。1889年5月、陸軍留学生としてドイツ帝国へ留学を命ぜられ、1892年5月に帰国した。
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