中野 隆良(なかの たかお、1940年11月17日 - )は、千葉県市川市出身(兵庫県武庫郡鳴尾村 (現・西宮市)生まれ)の元調教助手・元調教師。父は元調教師の中野吉太郎。 父・吉太郎は青森県上北郡大深内村(現・十和田市)出身の騎手で、中野は最初の子供であった。後に妹、弟、妹と続き、四人兄弟の長男となる。バリアー式スタートの競馬場で天神乗りによってレースに出ていた吉太郎を、中野は記憶している。とはいえ、それは鳴尾競馬場で見た記憶ではなかった。中野が2歳であった1942年に、吉太郎は家族をあげて市川の中山競馬場のすぐ近くに引っ越した。中野の記憶の中に生まれた鳴尾の出来事は一切残らず、市川市立中山小学校で5年まで学んだ。
出典:ウィキペディア「中野隆良」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
