上原 佑紀(うえはら ゆうき、1990年1月29日 - )は… 上原 佑紀(うえはら ゆうき、1990年1月29日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。東京都出身。平成生まれ初のJRA調教師。父は同じく美浦トレーニングセンター所属の調教師・上原博之。 小学3年生の時に馬術を始め、高校時代に全日本ジュニア選手権で優勝。日本大学へ進学し、生物資源科学部獣医学科に所属する。大学でも馬術部で活動し、2011年の全日本学生馬術大会の総合馬術競技では個人優勝している。 大学卒業後は美浦トレセン内にある可世木競走馬診療所で獣医師として勤務する。2016年に獣医師を辞め、調教師を目指す事となりノーザンファーム空港牧場に就職し競走馬の育成に携わった。
橋田 宜長(はしだ よしたけ、1988年10月4日 - )は… 橋田 宜長(はしだ よしたけ、1988年10月4日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する滋賀県出身の調教師である。 祖父は騎手・調教師であった橋田俊三で、父も調教師の橋田満。 函館ラ・サール高等学校を経て早稲田大学政治経済学部卒業後、岩手県遠野市にて競走馬育成業に携わる。 2015年1月、JRA競馬学校厩務員課程入学。同年11月、父・橋田満厩舎所属の調教助手となる。在籍時はディアドラに帯同し海外7か国遠征を経験する。2023年2月、橋田厩舎の定年解散により翌3月に中竹和也厩舎へ移籍。 2024年12月、3度目の挑戦で調教師免許試験に合格し、調教師免許を取得する。
佐藤 悠太(さとう ゆうた、1988年5月3日 - )は、日… 佐藤 悠太(さとう ゆうた、1988年5月3日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターの調教師。山形県上山市出身。父は元上山競馬場調教師で現金沢競馬場調教師の佐藤茂、祖父は上山競馬場元調教師の佐藤英一。 幼少期から父の厩舎があった上山競馬場で毎週レースを観る生活をしており小学生4年生頃から調教師を志す。 山形県立山形南高等学校を卒業後、日本獣医生命科学大学に進学し動物栄養学を専攻する。大学卒業後はノーザンファームに就職し、2012年10月にJRA競馬学校厩務員課程に入学する。競馬学校卒業後アイルランドに渡りトレイシー・コリンズ調教師の元で3カ月間競馬を学んだ。 帰国後の2013年9月から大学の先輩でもある栗東の田中章博厩舎に所属する。
藤岡 佑介(ふじおか ゆうすけ、1986年3月17日-)は、… 藤岡 佑介(ふじおか ゆうすけ、1986年3月17日-)は、JRA(日本中央競馬会)栗東所属の調教師で元騎手。滋賀県出身。 父・藤岡健一は栗東所属の調教師であり、弟・藤岡康太も同じ栗東所属の騎手として2007年にデビューしている。 愛称は「豆」(藤田伸二による命名)。 競馬学校第20期生(同期には川田将雅、津村明秀、丹内祐次、吉田隼人らがいる)。2004年3月6日、中京競馬第2競走のシルクマイスターでデビューし、16頭立ての3着に入る。初勝利は同年3月13日、中京競馬第1競走のアスカクイーン。同年3月27日、中京競馬の沈丁花賞をトップオブワールドで制し、特別競走勝利を挙げると、その後も函館記念でワイルドスナイパーに騎乗し3着、暮れの朝日杯フューチュリティステークスでGI初騎乗を果たすなど、この年35勝を挙げ、JRA賞最多勝利新人騎手を獲得した。
高橋 一哉(たかはし かずや、1986年3月4日 - )は日… 高橋 一哉(たかはし かずや、1986年3月4日 - )は日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属している調教師。 新潟大学の馬術部から馬乗り人生をスタート。 2010年10月、JRA競馬学校厩務員課程に入学する。 2012年2月に栗東・村山明厩舎所属の調教助手となり、2018年2月には栗東・鈴木孝志厩舎所属の調教助手となる。 2023年12月、9度目の挑戦で調教師試験に合格。 2024年3月6日に厩舎を開業。通例では1年間は技術調教師として他厩舎などで研修しつつ準備を整えるが2023年度合格組が全員開業しても馬房に空きがあった為、2024年度の合格組からただひとり新規開業した。
田中 博康(たなか ひろやす、1985年12月5日 - )は… 田中 博康(たなか ひろやす、1985年12月5日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 美浦トレーニングセンターに所属する調教師、元騎手。埼玉県新座市出身。新座市立第五中学校卒業。愛称は「タナパク」。 偶然テレビでアグネスフライトが勝った2000年の日本ダービーを見て騎手を志す。中学3年のころから乗馬を始め、卒業を前に競馬学校受験を志望するも願書の受付が間に合わなかったことから、高校に通いながら受験勉強を行うこととなった。高校1年(21期生の入学試験)のときには不合格だったが、翌年2度目の試験で合格し、22期生として競馬学校に入学した。同期には北村友一、千葉直人、的場勇人らがいる。 2006年、美浦トレーニングセンターの高橋祥泰厩舎所属騎手としてデビュー。
長谷川 浩大(はせがわ こうだい、1983年11月19日 -… 長谷川 浩大(はせがわ こうだい、1983年11月19日 - )は、京都府宇治市出身の元騎手・元調教助手・現調教師。 宇治市立東宇治中学校卒業後、競馬学校19期生として石橋脩・加藤士津八・北村浩平・佐久間寛志・生野賢一・高井彰大・松岡正海・南田雅昭と同期になり、2003年に栗東・中村均厩舎からデビュー。 1年目の2003年は3月1日の阪神第2競走3歳新馬・マイネサマンサで初騎乗を果たし、出遅れて内々を追走すると、4コーナーで外に持ち出し、直線では内へモタれる馬を立て直しつつ追い、5年ぶり史上39人目となる新人騎手の初騎乗初勝利を遂げた。同9日の中京第4競走3歳未勝利・コスモインフェルノで人気に応えて2勝目を挙げると、翌10日には高知第10競走龍馬盃・シメニブライアン(12頭中3着)で地方初騎乗を果たす。
斉藤 崇史(さいとう たかし、1982年8月29日 - )は… 斉藤 崇史(さいとう たかし、1982年8月29日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師。神奈川県出身。 戸籍上の表記は「齋藤 崇史」。JRAは旧字体での登録を禁じているため、新字体で表記されることが多い。 中学時代に同級生の影響で競馬ファンとなり、高校時代には1ヶ月間住み込みで牧場の仕事を経験。視力が良くなかったことや運動神経に自信がなかったことから目標を調教師に定め、日本獣医畜産大学(現:日本獣医生命科学大学)に進学。在学中には騎乗技術への自信喪失から進路に迷いが生じたが、同大学のOBであった小松温泉牧場(現:小松トレーニングセンター)の場長から紹介されたアイルランドでの研修により、競馬界に進む決意を定めた。
畑端 省吾(はたばた しょうご、1982年3月30日 - )… 畑端 省吾(はたばた しょうご、1982年3月30日 - )は、JRA・栗東トレーニングセンター所属の調教師・元騎手。 2000年、第16期生としてJRA競馬学校騎手課程を卒業。同期には嘉藤貴行、金子光希、小林慎一郎、鈴来直人、田嶋翔、西原玲奈らがいる。栗東・坂口正則厩舎に所属し、3月19日の中京3Rで自厩舎のゴールドカントリーで逃げ切り初勝利を挙げた(17戦目)。デビュー年は191戦4勝という成績を残す。 2年目の2001年には自身最多の13勝を挙げ、翌2002年8月18日の小倉10R阿蘇ステークス(OP)では7番人気ダンシングテンに騎乗し、安藤勝己騎乗の1番人気キタサンチャンネルを差し切って特別レース初勝利。
小椋 研介(おぐら けんすけ、1982年1月30日 - )は… 小椋 研介(おぐら けんすけ、1982年1月30日 - )は、愛知県春日井市出身の日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属している調教師。 ゲーム『ダービースタリオン』や漫画・アニメ『みどりのマキバオー』をきっかけに競馬に興味を持った。初めての競馬観戦はフラワーパークが勝った1996年の高松宮杯だった。武豊の騎乗フォームに憧れ騎手も考えたが、視力が悪く断念した。 厩務員を目指し、愛知県立春日井高等学校から東京農業大学に進学し、神奈川県の厚木キャンパスで乗馬サークルに入部。そこで初めて馬にまたがった。農学部畜産学科を卒業後、千葉県のセグチレーシングステーブルを経て、2006年4月、JRA競馬学校厩務員課程に入学する。
嘉藤 貴行(かとう たかゆき、1981年11月5日 - )は… 嘉藤 貴行(かとう たかゆき、1981年11月5日 - )は、JRA・美浦トレーニングセンターに所属する調教師で、元騎手。 大井競馬場近くの東京都大田区大森で育つ。競馬とは縁のない家庭であり、ゲーム「ダービースタリオン」で競馬に興味を持ち、身長が低いこともあって競馬学校を受験し合格する。2000年、JRA競馬学校を卒業。同期には梶晃啓、金子光希、小林慎一郎、鈴来直人、畑端省吾らがいる。 初騎乗は3月4日、中山競馬3レースでウインワイズマンに騎乗し16頭中9着。初勝利は同日の12レースでリアルヴィジョンに騎乗し3戦目で挙げた。同年19勝をマークし、民放競馬記者クラブ賞を受賞。デビュー3年目の2002年には菊花賞トライアルのセントライト記念で11番人気マイネルアムンゼンに騎乗し3着に入り、第63回菊花賞でGI初騎乗を果たした。
辻野 泰之(つじの やすゆき、1981年8月29日 - )は… 辻野 泰之(つじの やすゆき、1981年8月29日 - )は、中央競馬(JRA)・栗東トレーニングセンター所属の厩務員・調教師(2021年3月開業)、角居勝彦厩舎元調教助手。 大阪府枚方市出身。中学生のころゲームの「ダービースタリオン」と漫画「みどりのマキバオー」で競馬に興味を持つ。 高校生時は京都競馬場乗馬センターに通い、卒業後は北海道・浦河町の吉澤ステーブルと千歳市の「社台ファーム」で経験を積む。 2005年1月にJRA競馬学校厩務員課程入学。 2006年10月から栗東・角居勝彦厩舎の厩務員となる。調教を専門に行う「攻め専」を務めた。角居厩舎の2頭のダービー馬ウオッカ・ロジャーバローズや、皐月賞馬サートゥルナーリア等に携わっている。
寺島 良(てらしま りょう、1981年6月27日 - )は、… 寺島 良(てらしま りょう、1981年6月27日 - )は、日本の競馬調教師。日本中央競馬会栗東トレーニングセンターに所属する。 岐阜県本巣郡北方町出身(調教師の先輩である国枝栄とは同郷である)。実家は書店経営。 中学生時代から競馬に興味を持ち始めていたが、高校までは野球をやっており、岐阜県立岐阜北高等学校では三塁手でプレーして甲子園を目指していた。 高校卒業後は競馬調教師を志望して北海道大学経済学部へ進学し、馬術部に入部。大学時代は馬場馬術の選手として大会に出場し、4年次では主将を務めた。 大学卒業後はノーザンファーム空港牧場の牧夫として勤務した後、2006年に栗東トレーニングセンターの大久保龍志厩舎に入職、調教助手兼厩務員を務める。
森 泰斗(もり たいと、1981年(昭和56年)1月11日 … 森 泰斗(もり たいと、1981年(昭和56年)1月11日 - )は、地方競馬の船橋競馬場所属の調教師、元騎手。 1998年3月31日付で地方競馬騎手免許を取得し、足利競馬場佐藤和伸厩舎からデビュー。同年4月18日第2回宇都宮競馬1日目第3競走サラ系4歳11組一般戦ツルマイローレンスで初騎乗(9頭立て4番人気6着)。同年4月20日第2回宇都宮競馬3日目第6競走サラ系C4ニ一般戦をユウエーワースで優勝(9頭立て8番人気)し、初勝利。 1999年9月13日第14回全日本新人王争覇戦出場(12人中7位)。 2000年に一度騎手免許を返上し引退。その後同厩舎厩務員を経て騎手免許を再取得し2001年に再デビュー、2002年地方競馬通算100勝達成。
繁田 健一(しげた けんいち、1981年1月11日 - )は… 繁田 健一(しげた けんいち、1981年1月11日 - )は、地方競馬の浦和競馬場海馬澤司厩舎に所属していた元騎手で現在は調教師。兄弟子に見澤譲治がいる。得意戦法は先行。 1998年9月29日付けで地方競馬騎手免許を取得。同年11月2日第8回浦和競馬1日目第2競走C3五組条件戦オールマインで初騎乗(11頭立て4番人気3着)。同年11月5日第8回浦和競馬4日目第4競走4歳七組ア条件戦(92万円以上150万円未満)をブライティアドーツで優勝(12頭立て1番人気)し、初勝利。 2000年9月26日第15回全日本新人王争覇戦出場(12人中9位)。同年12月16日第6回中山競馬5日目第6競走4歳以上500万下でキングブリザードに騎乗(16頭立て15番人気落馬競走中止)し、中央競馬初騎乗。
武井 亮(たけい りょう、1980年12月25日 - )は、… 武井 亮(たけい りょう、1980年12月25日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属する調教師。山梨県出身。 駿台甲府高等学校から北海道大学獣医学部に進学。大学時代は馬術部に所属した。 2007年にJRA競馬学校厩務員課程に入学。翌2008年に美浦・二ノ宮敬宇厩舎の厩務員となる。以降、同年4月から高木登厩舎、2011年1月から和田正道厩舎の調教助手を経て、2013年12月に調教師試験に合格した。 2014年に定年を迎えた野村彰彦調教師の管理馬を引き継ぐ形で新規開業。同年3月16日の中山7レースでアーマークラッドが1着となり、開業4戦目でJRA初勝利を挙げた。同年3月に開業した調教師7名の中では最速の初白星となった。
陶 文峰(とう ぶんほう、1980年10月16日 - )は、… 陶 文峰(とう ぶんほう、1980年10月16日 - )は、地方競馬の岩手県競馬組合・水沢競馬場所属の調教師で元騎手である。国籍は中華人民共和国、黒竜江省出身。血液型O型。 中国で生まれ育つ。父方の祖母が残留孤児であった関係で12歳のときに一家で来日。中学を経て岩手県立水沢農業高等学校に入学、所属していた乗馬部では3年次に国体への出場を果たしている。水沢競馬場でアルバイトしたのが縁で騎手を目指し卒業後、3度目の挑戦で地方競馬教養センター短期騎手課程に合格。 2000年、水沢競馬場の千葉四美厩舎からデビュー。同年4月15日、水沢競馬第4競走(C2条件戦)ポローニアアーミが初騎乗(10頭立て6番人気7着)。
宮田敬介(みやた けいすけ、1980年10月8日 - )は、… 宮田敬介(みやた けいすけ、1980年10月8日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。 茨城県日立市生まれ。父が熱心な競馬ファンで、幼少期から競馬が好きだった。 麻布大学の獣医学部動物応用化学科に進学し、馬術部に入部。大学3年生の夏休み、ノーザンファームに研修に行ったことが縁となり、大学卒業後の2003年、ノーザンファームで働くことになる。そこで2年を過ごした後、競馬学校の厩務員課程を受験し、2度目の試験で合格。 2006年、栗田博憲厩舎で働き始める。 2009年、田島俊明厩舎に移籍。 2014年、調教助手として国枝栄厩舎に移籍。 調教師試験に7度目の挑戦で合格し、その1年半後の2020年に独立。
池添 学(いけぞえ まなぶ、1980年9月2日 - )は、日… 池添 学(いけぞえ まなぶ、1980年9月2日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師。滋賀県出身。 父は元JRA調教師の池添兼雄、兄はJRA騎手の池添謙一。 少年時代は騎手志望で、家族の中で1人だけ体が大きくなり、騎手への道を断念した。ちょうど同時期、調教師試験の勉強中であった父の兼雄(当時は鶴留明雄厩舎の調教助手)から「その体重では騎手は無理だから、調教師の道を目指したらどうだ」と言われ、調教師を志すようになる。小学生から馬術を始め、栗東高等学校時代には「なみはや国体」で優勝。明治大学では強豪の馬術部でキャプテンを務めるなど学生馬術の頂点に立った。 大学卒業後にはノーザンファームで働き始め、アイルランドに渡りエイダン・オブライエン厩舎に従事。
辻 哲英(つじ てつひで、1980年3月6日 - )は、日本… 辻 哲英(つじ てつひで、1980年3月6日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。元調教助手、元厩務員。 千葉県佐倉市出身。千葉県立佐倉高等学校から北里大学獣医学部に進学し、獣医師資格を取得。 2007年7月にJRA競馬学校厩務員課程に入学する。2008年1月に美浦・加藤和宏厩舎で厩務員から4月には調教厩務員になるも6月に厩務員に戻ると、7月には美浦・池上昌弘厩舎へ移籍し調教厩務員となる。10月には調教助手となる。2012年4月に美浦・大和田成厩舎へ移り調教助手となり、2013年7月に美浦・戸田博文厩舎に調教助手として移籍。2019年12月に2回目の受験で新規調教師免許試験に合格。
和田 勇介(わだ ゆうすけ、1980年3月4日 - )は、日… 和田 勇介(わだ ゆうすけ、1980年3月4日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。東京都出身。 中学生の時に1993年のスプリンターズステークスをテレビで観たのがきっかけで競馬に興味を持ち、競馬好きの祖父と一緒に競馬場へ行く中で将来競馬の仕事に関わりたいと思うようになる。当初は騎手を目指したが身長制限に引っかかった為、諦めることになった。 高校卒業後、牧場勤務をしていた時にJRA調教師の二ノ宮敬宇と出会い「大学に入って調教師を目指したらどうだ」とアドバイスを受け、二ノ宮と同じ東京農業大学へ入学し馬術部に所属する。 大学を卒業し、2005年4月にJRA競馬学校厩務員課程に入学する。
矢嶋 大樹(やじま だいき、1979年8月2日 - )は、日… 矢嶋 大樹(やじま だいき、1979年8月2日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。 群馬県立高崎高等学校卒業。慶應義塾大学馬術部出身。 2006年7月、JRA競馬学校厩務員課程に入学する。 2007年1月、美浦・浅野洋一郎厩舎所属の厩務員及び調教厩務員となる。5月、浅野洋一郎厩舎で調教助手となる。 2012年4月、調教師を目指すため美浦・手塚貴久厩舎所属の調教助手となる。調教助手としてアユサンやウインマリリンなどの調整役を務めた。 2022年12月、2012年から毎年受験していた調教師試験に11度目で合格する。もともと競馬に関する仕事に興味があり、中でも調教助手をやりたかったという気持ちから調教助手になったが、家族会議で妻から「厩務員としての才能はないでしょ?」と言われて、確かにと思い調教師を本気で目指す気持ちが強くなり、しっかり勉強を始めた。
林 徹(はやし とおる、1979年4月4日 - )は、日本中… 林 徹(はやし とおる、1979年4月4日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属している調教師である。 小笠倫弘以来2人目となる東京大学出身のJRA調教師となった。 兵庫県出生だが、生まれてから半年後に千葉県に引っ越す。さらに、小学4年生の頃に茨城県龍ケ崎市に引っ越した。地元の中学校を卒業後、開成高校に入学する。高校では野球部に入学し、部活に励んでいたが、東京大学の模試の結果は「E判定」だった。また、この頃に競馬に興味を持ち始める。その後、東京大学を受験し一発合格。3年時に医学部看護学科を選択し留年せずに4年で卒業した。また部活は馬術部に入部し頭角を現した。 大学卒業後は競馬界で仕事をするために藤沢和雄厩舎が外厩として使用していたミホ分場で勤務。
村田 一誠(むらた いっせい、1978年12月20日 - )… 村田 一誠(むらた いっせい、1978年12月20日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 美浦トレーニングセンター所属の調教師で、元騎手。 新潟県生まれ。競馬とは無縁の家庭であった。いとこから騎手になることを勧められる。1992年にジャパンカップを勝った岡部幸雄とトウカイテイオーの人馬一体の姿に憧れ、騎手を志した。競馬学校卒業時には努力賞を受賞し、1997年に美浦・松永勇厩舎所属騎手としてデビュー。同期には秋山真一郎、武幸四郎、勝浦正樹、松田大作、武士沢友治、押田純子らがいる。 1年目こそ9勝に終わるも、2年目の1998年以降は勝利数2桁を毎年維持。2002年には自己最高となる45勝をマークし、関東の中堅クラスとして毎年堅実に成績を残した。
中内田 充正(なかうちだ みつまさ、1978年12月18日 … 中内田 充正(なかうちだ みつまさ、1978年12月18日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師。滋賀県出身。 実家は滋賀県甲賀市の競走馬育成牧場「信楽牧場」16歳でアイルランドに渡り、J.J.レノン(J.J. Lennon)調教師の下で本格的に競走馬に携わるようになる。それから約10年間、イギリス、フランス、アメリカ合衆国を渡り歩いて調教について学んだ。イギリス時代にはウェストオックスフォードシャーカレッジ(West Oxfordshire College)で馬学と経済学を専攻する。同カレッジ在学中にフランスにも渡航し、クリスティア・ヘッド(Christanne Head)調教師の下で研修を積んだ。
武 幸四郎(たけ こうしろう、1978年11月3日 - )は… 武 幸四郎(たけ こうしろう、1978年11月3日 - )は、日本中央競馬会(JRA)栗東所属の元騎手で調教師。 実兄は武豊。義姉(豊の妻)は佐野量子。実父は武邦彦(かつての師匠でもあった)。 初騎乗は1997年3月1日、阪神競馬第1競走でメイショウユリヒメに騎乗し、13頭立ての6着に終わる。3月2日、マイラーズカップでオースミタイクーンに騎乗し、11番人気で快勝。初勝利が重賞、さらにはJRA史上最短記録となるデビュー2日目での重賞勝利という快挙を成し遂げた。同年のJRA賞で最多勝利新人騎手を受賞した。兄・豊も最多勝利新人騎手を受賞しており、JRA史上初の兄弟受賞であった。 3年目の1999年に自己最多の62勝を挙げ、関西リーディング6位につける。
栗田 徹(くりた とおる、旧姓:佐藤、1978年〈昭和53年… 栗田 徹(くりた とおる、旧姓:佐藤、1978年〈昭和53年〉3月16日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属する調教師である。 1978年3月16日、千葉県に生まれる。市立船橋高校、日本獣医畜産大学を卒業後、ノーザンファームに就職。2002年10月に競馬学校の厩務員課程に入学。2003年4月に萩原清厩舎の厩務員となり、5月には義父の栗田博憲厩舎で調教助手となる。 2011年3月に独立し、美浦トレーニングセンターで厩舎を開業。3月20日の阪神競馬場1R・3歳未勝利戦のヒダカアルテミスで初出走(10着)。4月9日の小倉競馬場7R・4歳500万下のジュモーで初勝利を飾った。
高橋 亮(たかはし りょう、1978年1月6日 - )は、滋… 高橋 亮(たかはし りょう、1978年1月6日 - )は、滋賀県栗太郡栗東町(現・栗東市)出身の元騎手・現調教師。 1996年に花の12期生の一員として栗東・橋口弘次郎厩舎からデビューしたが、デビュー当時に父・隆は「問題のある子なら(自厩舎に)引き取らなければならない」と思っていた。師匠の橋口は元々から騎手に細かい注文は付けないタイプであり、初めての弟子となった高橋に対しても同じであった。乗り方などの技術面についても厩舎実習の頃から、あまり細々としたことは言わず、その代わりによく「慌てるなよ」と言っていたが、そのことについて橋口は「俺は誉めて伸ばす主義なんだ」と笑った。1年目の1996年は3月2日の阪神第1競走4歳未勝利・ツルマルミニー(16頭中9着)で初騎乗を果たし、同24日の中京第8競走5歳以上500万下・ブレイヴリバーで初勝利を挙げる。
稲垣 幸雄(いながき ゆきお、1977年12月25日 - )… 稲垣 幸雄(いながき ゆきお、1977年12月25日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。埼玉県戸田市出身。 中学生の時にオグリキャップ、トウカイテイオーのレースを見て競馬に興味を持ち始める。川越東高等学校卒業後、日本獣医畜産大学へ進学。馬術部に所属した。 大学卒業後ノーザンファームに就職し2年間働いた後、2003年4月にJRA競馬学校厩務員課程に入学する。阿部新生厩舎で厩務員、調教厩務員を務め、2003年10月に萩原清厩舎に移籍し、2007年7月から調教助手に転向した。 2018年に8度目の挑戦でJRA調教師免許試験に合格し、翌2019年から美浦トレセンに厩舎を開業した。
森 一誠(もり かずとも、1977年9月28日 - )は、日… 森 一誠(もり かずとも、1977年9月28日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。 東京農工大学の馬術部に所属。卒業後はノーザンファームに入社し山元トレセンで2年間勤務。 2004年4月、JRA競馬学校厩務員課程に入学する。7月、美浦・堀宣行厩舎所属の厩務員となり、10月には調教厩務員になる。2010年7月、再び厩務員となるが、10月には再び調教厩務員になる。2011年2月、堀宣行厩舎で調教助手になる。2012年4月、再々度厩務員となるが、8月には再び調教助手に戻る。 2022年12月、受験回数は7回、二次試験は3回目で調教師試験に合格。 2023年は技術調教師として東京農工大学の先輩でもある国枝栄の下で研修。
奥村 豊(おくむら ゆたか、1977年8月26日 - )は、… 奥村 豊(おくむら ゆたか、1977年8月26日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師。滋賀県栗東町(現:栗東市)出身。 栗東トレーニングセンターの所在地である滋賀県栗東町(現:栗東市)の出身だが、競馬とは無縁の家庭で育った。乗馬を通じて馬に携わるようになり、調教師になることを目標として競馬サークルに入った。 2001年からビッグレッドファームに勤務し、2003年4月にJRA競馬学校に入学。同年7月に栗東・五十嵐忠男厩舎の厩務員となり、2004年2月から調教助手となる。2006年4月より栗東・藤岡健一厩舎に移籍した。 2013年に調教師試験に合格し、2015年3月1日に厩舎を開業。
高柳 大輔(たかやなぎ だいすけ、1977年6月7日 - )… 高柳 大輔(たかやなぎ だいすけ、1977年6月7日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターの調教師。北海道門別町出身。美浦トレーニングセンターに所属する調教師の高柳瑞樹は実兄。 実家は北海道日高町の生産牧場である高柳牧場で幼い頃から馬に携わってきた。小学校、中学校はサッカー部に所属していたが札幌光星高校で兄・瑞樹の勧めで同じ馬術部に入部し、本格的な馬乗りを始める。しかし実際は大学の推薦をもらうための入部であった。京都産業大学に進学後も馬術部に所属し、4年生の時には全日本学生馬術大会に出場。 大学卒業後はノーザンファームに就職し、途中からノーザンファームが間借りしていた滋賀県のグリーンウッド・トレーニングに勤務した。
前川 恭子(まえかわ きょうこ、旧姓:田場、1977年4月9… 前川 恭子(まえかわ きょうこ、旧姓:田場、1977年4月9日 - )は、日本中央競馬会(JRA)に所属している調教師。JRA史上初の女性調教師。夫は角居勝彦厩舎でオークス馬トールポピーや友道康夫厩舎でダービー馬ドウデュースを担当した調教助手の前川和也。1児の母。 千葉県印旛郡富里町(現・富里市)出身。実家近くには牧場が多く、馬に囲まれた環境で育ち、11歳から乗馬を始める。筑波大学(生物資源学類)に進学し、馬術部に所属する。部費を稼ぐため、茨城県美浦村の乗馬苑でアルバイトをしていた際、トレセンで競走馬に携わる仕事があることを知る。北海道浦河町のビクトリーホースランチやアイルランドでの研修で腕を磨き、調教師になるため2003年7月JRA競馬学校の厩務員課程を経て2003年10月から厩務員として﨑山博樹厩舎でトレセン生活をスタートさせた。
今野 忠成(こんの ただなり、1977年3月4日 - )は、… 今野 忠成(こんの ただなり、1977年3月4日 - )は、地方競馬の川崎競馬場所属の調教師、元騎手である。 川崎競馬の鈴木敏一厩舎所属としてデビューし、1994年10月15日川崎競馬第9競走で初騎乗、このときは7着であった。初勝利は同年12月10日川崎競馬第4競走で挙げた。重賞は2001年の金盃で初勝利を挙げ、翌年の鎌倉記念の勝利が地元重賞の初制覇となった。さらに東京2歳優駿牝馬にも勝利し、南関東公営競馬のG1初制覇となる。2004年9月8日には浦和競馬場でのさきたま杯をロッキーアピールに騎乗して優勝、ダートグレード競走初制覇となる。 2002年に初めて年間100勝以上を記録。NARグランプリ2005ではベストフェアプレイ賞を受賞し、2006年には地元重賞を5勝し、通算1000勝も達成した。
深山 雅史(ふかやま まさし、1977年2月8日 - )は、… 深山 雅史(ふかやま まさし、1977年2月8日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。東京都出身。 立教高校から立教大学理学部物理学科に進学。高校は野球部、大学はレスリング部に所属した。大学の友人の影響で競馬を好きになり、競馬の世界へ進むことを決めるも両親からは「大学を卒業してまでやる仕事じゃない」と猛反対される。しかし競馬への熱は冷めず「競馬に近いところで仕事をしたい」と思い、競馬関係者のつてを辿っていったところ当時JRAの調教師だった橋口弘次郎と話す機会が設けられ橋口から「大学を卒業するなら調教師を目指した方がいい」とアドバイスを受け大学卒業後オーストラリアのゴールドコーストにある競馬学校トレインテック2000に入学する。
奥村 武(おくむら たけし、1976年7月10日 - )は、… 奥村 武(おくむら たけし、1976年7月10日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。東京都出身。 中学1年生の時にジャパンカップ(1989年)でのオグリキャップの走りをテレビで観て「競馬って世界と戦えるスポーツなんだ」と思い、翌年アイネスフウジンが勝った日本ダービーを現地で目の当たりにし競馬へ興味を持つようになる。最初は騎手になることを考えるが視力、体格などの条件が厳しかったため、その後は調教師を目指すことになる。 芝浦工業大学工学部を卒業し、ディアレストクラブに就職。2年半ほど牧場で働いたのち2001年10月にJRA競馬学校厩務員課程に入学し、2002年4月から高橋義博厩舎で厩務員を務める。
尾形 和幸(おがた かずゆき、1976年5月4日 - )は、… 尾形 和幸(おがた かずゆき、1976年5月4日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。宮城県出身。 中学1年生の時に馬術を始め、仙台育英高校では馬術の全国大会で優勝した。高校の同級生に元プロ野球選手の金村暁が居る。中央大学に進学し、大学でも馬術の全国大会で優勝した。 2003年4月にJRA競馬学校厩務員課程に入学し、7月から加藤征弘厩舎で厩務員を務め、8月からは久保田貴士厩舎で調教助手を務める。 2013年に3度目の挑戦でJRA調教師免許試験に合格する。同年3月に開業し、11月9日に行われた京王杯2歳ステークスでカラダレジェンドが勝利し開業から僅か8ヵ月、重賞初出走で初制覇となった。
高野 友和(たかの ともかず、1976年2月4日 - )は、… 高野 友和(たかの ともかず、1976年2月4日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・栗東トレーニングセンターに所属する調教師。福島県出身。 競馬とは無縁の家庭であり、中学時代に競馬好きの友人とテレビを見たのが競馬へのきっかけである。福島競馬場近くの福島県立福島高等学校から帯広畜産大学に進学し馬術部に入部。卒業後ノーザンファーム空港牧場に3年間勤務し、JRA競馬学校厩務員課程を経て、2002年から松田国英厩舎に所属。2010年に調教師免許取得、2011年開業。 2011年3月20日、阪神7Rでエーシンジャッカルが勝利し、厩舎開業から4戦目で初勝利を挙げた。 2014年の秋華賞でショウナンパンドラで重賞初制覇を果たすとともにGI初制覇を果たした。
高柳 瑞樹(たかやなぎ みずき、1975年8月1日 - )は… 高柳 瑞樹(たかやなぎ みずき、1975年8月1日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属している調教師である。弟は調教師の高柳大輔。 実家は北海道日高町の高柳牧場。子供の頃から牧場の仕事を手伝いをしており、馬に関わっていた。高校から馬術を始め、大学では明治大学の馬術部に入部する。4年生の時に主将を務め、全日本学生馬術大会では馬場馬術競技に個人出場。明治大学としては完全優勝(障害・馬場・総合の3種目すべて団体優勝)を果たす。 大学卒業後、1999年に競馬学校厩務員過程に入学し、同年に卒業、吉永正人厩舎で厩務員になる。翌月から伊藤伸一厩舎に移り、調教助手を務めた。 2010年に6回目の挑戦で調教師試験に合格し、調教師となる。
渡辺 薫彦(わたなべ くにひこ、1975年4月5日 - )は… 渡辺 薫彦(わたなべ くにひこ、1975年4月5日 - )は、滋賀県栗東市出身の現調教師、元騎手・元調教助手。 戸籍上での表記は渡邊であるが、JRAでは旧字体等での登録が禁止されている為、新字体の渡辺に修正して登録している。 妻は関西テレビ『ドリーム競馬』の司会を務めていた水野麗奈。 栗東で厩務員を務める渡辺薫の嫡男として出生、また伯父の古川博も古川平厩舎で調教助手を務めるという競馬に近い環境で育つ。1994年3月1日に父の勤める沖芳夫厩舎の所属騎手としてデビューし、以後引退するまで同厩舎に所属し続けた。吉田豊・幸英明らは競馬学校の同期生(10期)にあたり、とても仲がよく初GI制覇となった菊花賞優勝後には冗談で「胴上げしようか?」と言われている。
飯田 祐史(いいだ ゆうじ、1974年11月18日 - )は… 飯田 祐史(いいだ ゆうじ、1974年11月18日 - )は、滋賀県栗太郡栗東町(現・栗東市)出身の現調教師・元騎手。 父も元騎手で元調教師の飯田明弘。 姪はタレントの足立梨花。 1993年に競馬学校9期生として、父・明弘の厩舎からデビュー。同期には伊藤直人、小林徹弥や、後に競馬学校世代で史上初の学士騎手となった川合達彦らがいる。 1年目の1993年は3月6日の阪神第2競走4歳未勝利・メイショウアルマダ(15頭中14着)で初騎乗を果たし、同日の第6競走4歳新馬・マイネルアルファで初勝利を挙げる。同21日には4歳牝馬特別(西)・ショウザンダイヤで重賞初騎乗を果たし、16頭中15番人気ながら5着に入る。
池上 昌和(いけがみ まさかず、1974年10月6日 - )… 池上 昌和(いけがみ まさかず、1974年10月6日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターの調教師。 東京都世田谷区[要出典]出身。JRAの騎手、調教師だった池上昌弘は実父。大叔父に保田隆芳、伯父に隆芳の実子である保田一隆。再従兄弟に声優の河合紗希子がいる。 父である昌弘と同じ世田谷区で生まれた(実家は父である昌弘の実家でもあり、馬事公苑が近くにあった)が[要出典]、当時既に調教師に転じていた昌弘が、調教師に転ずる以前には、騎手として活躍していたことを、自身は高校在学中に初めて知ったぐらいに、競馬とは関わりのない環境で育った。卒業後、早稲田大学理工学部(現・早稲田大学理工学術院)へ進学。
牧浦 充徳(まきうら みつのり、1974年8月17日 - )… 牧浦 充徳(まきうら みつのり、1974年8月17日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・栗東トレーニングセンターに所属している調教師。 中学時代からの馬術経験者であり、1991年に行われた石川国体で標準障碍飛越に出場して3位となっている。同志社大学を卒業。 1999年、10月よりJRA競馬学校厩務員課程に入学する。 2000年、競馬学校卒業後の4月から栗東・加用正厩舎所属の厩務員となるが、同月すぐに調教厩務員に転向した。さらに8月には調教助手に転向している。 2002年2月から栗東・森秀行厩舎所属の調教助手となる。 2009年2月12日、JRA調教師免許試験に合格したことが発表され、同年3月1日付で調教師免許を34歳で取得した。
小林 智(こばやし さとし、1974年7月20日 - )はフ… 小林 智(こばやし さとし、1974年7月20日 - )はフランスギャロ・シャンティイ調教場の調教師。千葉県船橋市出身。既婚者で妻はフランス語教室が縁で、現地で日本語を教わっていたフランス人で、2007年入籍。 父・菊男、母・凉子の下、2つ上の兄と共に育てられた。新聞社勤務だった父が競馬ファンであり、シャコーグレイドが2着になった皐月賞が競馬へのきっかけである。日本大学理工学部を卒業後、北海道のコアレススタッドで5年間牧場勤務し、日本中央競馬会の厩務員試験を3回受験するもすべて不合格だった。牧場ではオーストラリアやアイルランド、イギリス、フランスといった競馬の先進国に研修に行かせてもらっていたので、国際的で見識も広がると、試験を受けるのをやめて牧場に骨を埋める気持ちになっていた。
堀内 岳志(ほりうち たけし、1973年10月5日 - )は… 堀内 岳志(ほりうち たけし、1973年10月5日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。大阪府吹田市出身。 競馬とは縁のない大阪のサラリーマン家庭で育ち、父の仕事の関係で中学3年の時に茨城に移り、土浦日大高校在学中の1990年にアイネスフウジンが勝った日本ダービーをテレビで観て競馬に目覚めた。初めて競馬場に行ったのはオグリキャップが引退レースを飾った同年暮れの有馬記念の時で、翌年トウカイテイオーのダービーに徹夜で並んだほどの熱烈な競馬ファンだった。 日本大学理工学部を4年で中退し、牧場に勤務。牧場時代の1999年に研修で渡欧し、エルコンドルパサーが2着となった凱旋門賞を現地で観戦した。
櫻井 拓章(さくらい ひろあき、1973年2月17日 - )… 櫻井 拓章(さくらい ひろあき、1973年2月17日 - )とは、地方競馬のホッカイドウ競馬所属の調教師、元騎手である。勝負服の柄は紫、胴白玉霰。北海道函館市出身、身長166センチ、体重45キロ、血液型B型。函館市立亀田中学校卒業。 1990年3月31日付けで地方競馬騎手免許を取得し、林正夫厩舎から騎手デビュー。。同年4月17日、帯広競馬第7競走(アラ系D級一般戦)ミクロコスモスでレース初騎乗(8頭立て3番人気7着)。同年5月28日、帯広競馬第2競走(サラ系3歳一般戦)でモガミマイカ(10頭立て1番人気)に騎乗し、初勝利を挙げる。 1997年8月2日、札幌競馬第6競走(3歳500万下)でサントパレスに騎乗(11頭立て3番人気6着)し、中央競馬初騎乗。
牧 光二(まき こうじ、1973年2月10日 - )は、日本… 牧 光二(まき こうじ、1973年2月10日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。大分県出身。大分県立大分商業高等学校、中央大学卒。 父の勧めで馬術を始め、大分県衛藤乗馬学校に通い始める。1991年には馬術の功績を讃えられ、大分県から県民栄誉賞を贈られた。中央大学在学中にはオーストリアで開催された世界学生馬術選手権大会に出場した。 1998年、4月よりJRA競馬学校厩務員課程に入学する。 1998年、10月から美浦・増沢末夫厩舎所属の厩務員となり、12月に美浦・宗像義忠厩舎に移籍して調教助手に転向し、バランスオブゲーム等の調教を担当した。 2005年、上原博之厩舎に移籍。
四位 洋文(しい ひろふみ、1972年11月30日 - )は… 四位 洋文(しい ひろふみ、1972年11月30日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) 栗東所属の元騎手で現在は調教師である。叔父に、元騎手の四位満教(しい みちのり)がいる。 妻は元エンドレスギャルズ(9期)の鈴木美帆子。 小学校3年よりポニーでの乗馬を経験しており、競馬学校入学以前すでに乗馬では全国区の活躍をし、乗馬雑誌「乗馬ライフ」でも取り上げられたことがある。 中学校卒業後に競馬学校に入学(7期生)、同期には藤田伸二・安田康彦・橋本広喜らがいる。競馬学校では教官から馬乗りを評価され7期生の中では一番の注目株であり、成績も優秀であった。 同期の安田は、自身の引退後に競馬評論家となったが、「競馬最強の法則」2017年11月号で競馬学校時代の四位のことを「馬乗りが上手であった」旨を簡潔ながらも述べていた。
伊藤 大士(いとう だいし、1972年11月29日 - )は… 伊藤 大士(いとう だいし、1972年11月29日 - )は、日本中央競馬会 (JRA) ・美浦トレーニングセンターに所属している調教師。愛知県出身。 1996年、10月よりJRA競馬学校厩務員課程に入学する。 1997年、競馬学校卒業後の4月から美浦・森安弘昭厩舎所属の厩務員となり、6月に美浦・上原博之厩舎に移籍して調教助手に転向した。 2009年、2月12日にJRA調教師免許試験に合格したことが発表され、3月1日付で調教師免許免許を取得した。 2016年8月7日、札幌11RのUHB賞をクリスマスで制し、JRA通算100勝を達成した。 2020年、ダイヤモンドステークスをミライヘノツバサで優勝、開業11年目で重賞初制覇となった。
木村 哲也(きむら てつや、1972年11月16日 - )は… 木村 哲也(きむら てつや、1972年11月16日 - )は、日本中央競馬会(JRA)・美浦トレーニングセンターに所属する調教師。神奈川県出身。愛称は「キムテツ」。 神奈川大学の工学部建築学科を卒業した後、2000年にJRA競馬学校厩務員課程に入学。同年、美浦・佐藤征助厩舎の厩務員となる。以降、高橋裕厩舎の調教助手、勢司和浩厩舎の調教助手と厩務員、中川公成厩舎の調教助手を経て、2010年12月に調教師試験に合格した。 2011年6月に秋山雅一調教師の勇退に伴い厩舎を開業。同年8月13日の新潟8レースでレッドプラネットが1着となり、JRA初勝利を挙げた。 2015年3月のフラワーカップ(GIII)をアルビアーノで制し、重賞初制覇を飾った。