家坂 幸三郎(いえさか こうさぶろう、1878年(明治11年)8月1日 - 1952年(昭和27年)10月24日)は、日本の医師。ハンセン病療養所である国立療養所宮古南静園、国立療養所沖縄愛楽園所長を務めた。クリスチャンで、現在でも宮古南静園に教会がある甦生会(よみがえりのかい)を結成した。 1878年、新潟県見附市に出生。早稲田大学の前身、東京専門学校、英語政治科卒業。外交官になりたかったが、既に医師になっていた五兄の勧めにより医学に進む。1906年に熊本医学専門学校を卒業後、同校実習病院、牧野研究所(東京)、芦屋町立病院(福岡県)に勤めた。1922年、沖縄県衛生技師としてマラリア予防に従事、1930年にアメリカの大学から沖縄県に「沖縄におけるらい事情」についての照会があったが、家坂が書いた報告書は高い評価をうけ、これを基にした論文で細菌学博士を贈られた。
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