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玉屋喜章

たまや よしあき
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玉屋 喜章(たまや よしあき、1879年(明治12年)2月1日 - 1956年(昭和31年)10月17日)は、明治末から昭和期の実業家、政治家。参議院議員。通称・時次郎。 高知県安芸郡佐喜浜村(佐喜浜町を経て現室戸市佐喜浜町)で、漁業・玉屋能作の長男として生まれる。15歳頃から帆船(阪神へ薪炭を輸送)乗組となり、1900年(明治33年)大阪市の海士学館を卒業した。 海運業を始め、高知で紙問屋、大阪で事業を行うが失敗した。その後、関東に移ってから成功し、1923年(大正12年)総武銀行(現千葉銀行)頭取に就任。その他、台湾産業社長、大興紡績社長、共同生命保険社長、蓬莱閣ホテル社長、宮城電気鉄道取締役、成田急行電鉄常任監査役、玉屋産業海運商会社長、松田汽船社長、千葉合同無尽社長、千葉銀行取締役、千葉県商工連合会長、同県経営者協会会長などを務め、1946年(昭和21年)千葉商工会議所会頭に就任した。

出典:ウィキペディア「玉屋喜章」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋