小山 初代(おやま はつよ 1912年(明治45年)3月10日 - 1944年(昭和19年)7月23日)は、小説家太宰治の内縁の妻。芸者としての名は紅子。太宰からはハツコと呼ばれていた。 「HUMAN LOST」(1937年)や「姥捨」(1938年)や「東京八景」(1941年)など多数の太宰作品に登場する一連の女性のモデルとなった。 父・小山藤一郎と母・キミ(旧姓:吉沢)の長女として北海道室蘭市に生まれる。1922年(大正11年)、父が失踪したため、母子家庭となり、一家で青森に移住。母は置屋「野沢屋」で裁縫師として働いた。 1925年(大正14年)3月、南津軽郡大鰐町の大鰐尋常小学校を卒業し、母の勧めで料亭「玉屋」(野沢屋の後身)に仕込妓(芸妓の使い走り)として住み込みで働く。
出典:ウィキペディア「小山初代」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
