北守 政直(きたもり まさなお、安政5年7月21日〈1858年8月29日〉 - 大正15年〈1926年〉1月18日)は、明治から大正時代の日本の政治家、実業家。函館区長。通称は縫人、清次郎。 盛岡藩士・北守政智の長男として生まれ、1870年(明治3年)家督を相続し、盛岡藩権大属となる。当時、北守家は御新丸番頭家格で家禄は250石。同年免官し、1876年(明治9年)岩手県に出仕。地租改正係となる。その後、県税係を経て、1878年(明治11年)開拓使函館支庁に出向し、会計課配属となる。翌年の1879年(明治12年)民事課に転じ、1880年(明治13年)岩手県からの出向停止となり、開拓使に採用され准判任官に任官。
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