11代 橋本 平左衛門(はしもと へいざえもん、1856年5月27日(安政3年4月24日)- 1920年(大正9年)10月18日)は、明治から大正前期の酒造家、政治家。衆議院議員、秋田県河辺郡和田村長。旧姓・後藤。幼名・庄五郎。 出羽国雄勝郡湯沢町(秋田県雄勝郡湯沢町を経て現湯沢市)で、素封家・後藤伊八の三男として生まれた。和漢学を修めた。1876年(明治9年)1月、河辺郡和田村坂本(和田町、河辺町を経て現秋田市河辺和田)の酒造家・10代橋本平左衛門の婿養子となる。1879年(明治12年)2月、養父の死去に伴い家督を相続し11代平左衛門を襲名した。酒造業を営むが、明治末頃、火災で設備が全焼したため廃業した。
出典:ウィキペディア「橋本平左衛門 (政治家)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
