戸村 義得(とむら よしあり、1849年7月7日〈嘉永2年5月18日〉 - 1906年〈明治39年〉3月26日)は、戸村家16代、幕末の出羽久保田藩の横手所預(横手城代 第12代)、第四十八国立銀行初代頭取。通称は秀雄、大学。号は棠堂、茶顚、静学軒。 佐竹氏一門・戸村家の宗家で、父は戸村義效。1849年(嘉永2年)、横手に生まれる。父が久保田藩家老となるにあたり、1868年(明治元年)8月3日に横手所預(城代)を譲られる。戊辰戦争(秋田戦争)では横手城に攻め寄せる奥羽越列藩同盟軍に対し、本藩や奥羽鎮撫総督府からの援軍がない中、19歳にして籠城し戦うが、力及ばず落城した(横手の戦い)。 1879年(明治12年)、第四十八国立銀行(のちの秋田銀行)創立にともない、発起人の一人として頭取に就任した(翌年退任し取締役に)。
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