三宅 やす子(みやけ やすこ、1890年3月15日 - 1932年1月18日)は、日本の作家、評論家。 京都市生まれ。京都師範学校校長・加藤正矩の娘で、加藤弘之の姪に当たる。本名・安子、旧姓・加藤。 やす子は長女であるが父正矩の正妻の子ではない。正妻には子がなく、やす子と妹は正妻を「おかあさま」実母を「ばあや」とよんで、妻妾同居の家で育った。9歳で一家は東京へ移り、やす子は府立第二高女に進んだが、病気のため退学。ついでお茶の水高等女学校に入学し、19歳で卒業。1910年(明治43年)三宅雪嶺の甥にあたる理学士三宅恒方と結婚、大正元年にはのちに作家となった長女艶子が誕生した。この頃より雑誌に評論や随筆を書き始め、5年には夏目漱石のもとで創作を学び、漱石没後は小宮豊隆に師事した。
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