スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
佐々木チワワ(ささき ちわわ、2000年2月13日 - )は… 佐々木チワワ(ささき ちわわ、2000年2月13日 - )は、日本のライター。 東京都生まれ。お茶の水女子大学附属幼稚園、お茶の水女子大学附属小学校、お茶の水女子大学附属中学校、お茶の水女子大学附属高等学校を経て、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。2026年現在、立命館大学大学院社会学研究科応用社会学専攻に在籍。 高校1年生の大晦日に初めて歌舞伎町に足を踏み入れる。以来、歌舞伎町で働く夜職(ホスト)の人々に惹かれ、自身もホス狂いとなり一通りの職種と幅広い夜遊びを経験。歌舞伎町で幅広い人脈を持ち、大学では繁華街の社会学を専攻。フィールドワークと自身のアクションリサーチをもとに「歌舞伎町の社会学」を研究し、フリーライターとしても活動。
鶴見 萌(つるみ もえ、1996年12月5日 - )は、日本… 鶴見 萌(つるみ もえ、1996年12月5日 - )は、日本のアイドル。女性アイドルグループ・B≡FULLESTのメンバー。虹のコンキスタドール(コスプレイヤーチーム)の元メンバー。東京都出身。ディアステージ所属。 2014年9月7日に行われた虹コン初の月例公演でお披露目。 2014年10月30日に予科生から昇格。 お茶の水女子大学附属小学校、お茶の水女子大学附属中学校を経て、2015年3月にお茶の水女子大学附属高等学校を卒業。同年4月、明治大学文学部に入学(センター利用入試で合格)。 2018年4月、安藤笑(Ange☆Reve)、沖口優奈(マジカル・パンチライン)とともに、8月25・26日に横浜アリーナで行われる@JAM EXPO 2018のオフィシャルナビゲーターを務める期間限定ユニット「MEY」を結成。
橋詰 彩季(はしづめ さき、1992年11月6日 - )は、… 橋詰 彩季(はしづめ さき、1992年11月6日 - )は、元NHKのアナウンサー。 東京都大田区出身。お茶の水女子大学附属中学校、お茶の水女子大学附属高等学校、お茶の水女子大学卒業後、2015年に入局。初任地は山形放送局。2018年4月に名古屋放送局へ異動。その後2021年4月1日付で公式ホームページのアナウンサー一覧から抹消されており、現在は退職したものと思われる。 大学卒業後、2015年NHKに入局し初任地は山形放送局。2018年4月からNHK名古屋放送局に異動し主に『Uta-Tube』や『おはよう東海』等を担当した
佐藤 玲(さとう りょう、1992年(平成4年)7月10日 … 佐藤 玲(さとう りょう、1992年(平成4年)7月10日 - )は、日本の女優、プロデューサー。本名同じ。東京都出身。夫は俳優の大野拓朗。 両親は離婚していて、シングルマザーの家庭に育つ。母と弟と3人で暮らしてきた。 小学校4年生のときに、親戚に全日本国民的美少女コンテストを勧めてもらって、よくわからないまま応募したが、落選して悔しさを味わい、「何か武器を見つけたい」と15歳のときに劇団に所属。中学3年より演劇集団アクト青山にて、大学2年からは蜷川幸雄主宰のさいたまネクスト・シアターにて3期生(現在は退団)として演技を学ぶ。 2012年、蜷川演出の舞台『日の浦姫物語』で娘役に抜擢されデビュー。
矢部 華恵(やべ はなえ、1991年4月28日 - )は、日… 矢部 華恵(やべ はなえ、1991年4月28日 - )は、日本のエッセイスト、モデル。旧芸名、hanae*、華恵。 2021年4月に、芸名を矢部 華恵(やべ はなえ)に改称した。 1991年 アメリカ生まれ。 父はアメリカ人、母は日本人。6歳より日本で暮らし、10歳よりファッション誌でモデル活動を始める。 お茶の水女子大学附属中学校・高等学校を経て、2014年 東京藝術大学音楽学部楽理科を卒業。 幼少時より読書好きで、小学生の時に、読売新聞社主催の全国小・中学校作文コンクールにおいて読売新聞社賞・文部科学大臣賞などを受賞。小学6年生の時に、エッセイ『小学生日記』を出版する。 書評やエッセイを中心に執筆活動を行うほか、寺山修司の著書の角川文庫新装版にてカバーモデルを務めている。
宮川 愛(みやかわ あい、1986年8月14日 - )は、日… 宮川 愛(みやかわ あい、1986年8月14日 - )は、日本の歌手。埼玉県大宮市(現:さいたま市)出身。血液型はB型。
唐沢 美帆(からさわ みほ、1983年7月15日 - )は、… 唐沢 美帆(からさわ みほ、1983年7月15日 - )は、日本の女性歌手、作詞家、元グラビアアイドル。東京都出身。所属事務所は、SCOOP MUSIC(唐沢名義)、 アイウィル(TRUE名義)。所属レーベルはLantis。2014年より「TRUE(トゥルー)」名義でも活動している。
森田 初恵(もりた はつえ、1982年〈昭和57年〉10月2… 森田 初恵(もりた はつえ、1982年〈昭和57年〉10月28日 - )は、日本の政治家。埼玉県川越市長(1期)。元裁判官。 埼玉県川越市出身。川越白ゆり幼稚園、川越市立今成小学校、川越市立富士見中学校、お茶の水女子大学附属高等学校を経て、早稲田大学法学部卒業。 2008年(平成20年)裁判官任官。その後、東京、大阪、札幌、さいたま(本庁及び川越支部)等で勤務後、2024年(令和6年)裁判官退官。 2025年(令和7年)1月26日投開票の川越市長選挙に元埼玉県議会議員の山根史子、元川越市議会議員の樋口直喜、元川越市議会議長の小野沢康弘を破り初当選した。川越市政初の女性市長でもある。 ※当日有権者数:290,543人 最終投票率:33.66%(前回比:11.61pts) 選挙戦では、学校給食の無料化、デマンド型交通の充実、企業誘致などを訴えた。
田中 茉莉子(たなか まりこ、1982年 - )は、日本の経… 田中 茉莉子(たなか まりこ、1982年 - )は、日本の経済学者。武蔵野大学経済学部経済学科教授。専門はマクロ経済学、金融論、リカレント教育、国際通貨、経済地理学。 1982年生まれ 。お茶の水女子大学附属高等学校を経て東京大学経済学部を卒業(総代)し、特に優れた卒業論文に対し授与される大内兵衛賞を受賞した。同大学大学院経済学研究科修士課程および博士課程を修了し、博士(経済学)を取得した 。大学院修了後、東京大学大学院経済学研究科附属日本経済国際共同研究センター(CIRJE)学術支援専門職員(Research Associate)、明海大学経済学部専任講師を経て、2014年に武蔵野大学経済学部に着任した。
脊山 麻理子(せやま まりこ、1980年4月8日 - )は、… 脊山 麻理子(せやま まりこ、1980年4月8日 - )は、日本のグラビアアイドル、女優、フリーアナウンサー。元日本テレビアナウンサー。所属事務所は株式会社shabell。 お茶の水女子大学附属幼稚園・小学校・中学校・高等学校卒業。 高校1年時にアメリカ合衆国のオハイオ州へ1年間の留学経験がある。高校2年時に『SHIBUYA109広告モデルコンテスト』でグランプリを受賞。同社のキャンペーンガールなどを行っていたが、大学受験のため一旦芸能活動を休止する。 2000年4月に慶應義塾大学環境情報学部に入学し、湘南藤沢キャンパスにて建築デザインを学ぶ。2002年8月にメキシコに1か月間短期留学した。 大学卒業後の2004年4月に日本テレビに入社した。
倉本さおり (くらもと・さおり、1979年生まれ) は日本の… 倉本さおり (くらもと・さおり、1979年生まれ) は日本の書評家。 東京都文京区出身。お茶の水女子大学附属高等学校、上智大学卒業、同大学院修了。 毎日新聞文芸時評「私のおすすめ」、小説トリッパー「クロスレビュー」、文藝「はばたけ! くらもと偏愛編集室」、週刊新潮「ベストセラー街道をゆく!」の連載を担当。ほか『文學界』新人小説月評(2018)、『週刊読書人』文芸時評(2015)も担当。
金山藍子(かねやま あいこ、1978年 - )は日本の弁護士… 金山藍子(かねやま あいこ、1978年 - )は日本の弁護士、国土交通官僚。 お茶の水女子大学附属高等学校から東京大学文科一類に入学。専門課程では法学部へ進学。東大法学部卒業後は、同大学大学院法学政治学研究科にて、研究者を志して、英米法を研究していた。2005年 弁護士登録。同年10月から森・濱田松本法律事務所にて勤務。2010年に中途採用で国土交通省に入省。土地・建設産業局不動産市場整備課不動産投資室不動産投資係長となる。自動車局旅客課でタクシー行政に携わった後、カリフォルニア大学バークレー校ロースクールへ1年間留学。帰国後は航空局国際航空課長補佐(総括)。2018年10月 グーグル合同会社公共政策部長(〜2019年9月)。
松任谷 玉子(まつとうや たまこ、1974年8月12日 - … 松任谷 玉子(まつとうや たまこ、1974年8月12日 - )は、エフエム東京(TOKYO FM)のプロデューサー。2023年現在、同局執行役員、コンテンツビジネス本部 戦略プロデュース室長。InterFM897(interfm)の社外取締役も務める。1990年代半ばにはTBSラジオの深夜番組でラジオパーソナリティも務めた。お茶の水女子大学附属高等学校→早稲田大学第一文学部卒業。頭山満の玄孫。 早稲田大学1年だった1993年9月にTBSラジオ主催の第1回シンデレラドリームオーディションに合格。10月からスタートした同局の深夜番組「シンデレラドリーム ミッドナイト☆パーティー」(以下ミッドナイト☆パーティーと略す)でデビューした。
相原 史乃(あいはら しの、1974年2月28日 - )は、… 相原 史乃(あいはら しの、1974年2月28日 - )は、日本の政治家。衆議院議員を1期務めた。 タンザニア連合共和国ダルエスサラーム州ダルエスサラームで生まれる。父親は外務省勤務。母方の祖母は慶應義塾大学初の女子学生である河津富美子。 2歳半までタンザニア、2歳半から4歳まで香港、4歳から6歳までスリランカ、9歳から11歳までアメリカ合衆国で過ごす。千代田区立麹町小学校、お茶の水女子大学附属中学校、お茶の水女子大学附属高等学校、慶應義塾大学総合政策学部卒業。印刷・不動産会社の経営に携わり、飲食業会社を起業。小沢一郎政治塾第一期生。 2009年(平成21年)8月30日の第45回衆議院議員総選挙に比例南関東ブロックから民主党公認で出馬する。
打越 さく良(うちこし さくら、1968年〈昭和43年〉1月… 打越 さく良(うちこし さくら、1968年〈昭和43年〉1月6日 - )は、日本の政治家、弁護士。立憲民主党所属の参議院議員(2期)。本名は村木 さく良(むらき さくら)。 夫は刑事裁判を専門とする弁護士の村木一郎。 北海道旭川市に生まれ、浦和市、苫小牧市、浦和市と引っ越しながら育つ。1986年(昭和61年)、お茶の水女子大学附属高等学校を卒業し、東京大学教養学部文科Ⅲ類に入学。1990年(平成2年)、東京大学教養学部教養学科第2卒業、同年東京大学教育学部に学士入学。1993年(平成5年)に卒業し、同年、東京大学大学院教育学研究科修士課程に進学。1996年(平成8年)、修士課程を修了し、博士課程に進学。
高木 真理 (たかぎ まり、1967年(昭和42年)8月12… 高木 真理 (たかぎ まり、1967年(昭和42年)8月12日 - ) は、日本の政治家。立憲民主党所属の参議院議員(1期)。立憲民主党広報委員長。 さいたま市議会議員(2期)、埼玉県議会議員(3期)を務めた。 小学校まで栃木県で育ち、中学校からさいたま市に暮らす。1986年、お茶の水女子大学附属高等学校卒業。1991年、東京大学法学部卒業。東京銀行勤務。1996年、枝野幸男衆議院議員事務所秘書。 2003年、さいたま市議会議員選挙に北区選挙区から民主党公認で立候補しトップ当選。2007年も同様にトップ当選。 2011年、埼玉県議会議員選挙に南第4区(さいたま市北区)から民主党公認で立候補し初当選。
水沢 めぐみ(みずさわ めぐみ、1963年7月3日 - )は… 水沢 めぐみ(みずさわ めぐみ、1963年7月3日 - )は、日本の漫画家。大阪府出身。血液型はA型。長らく集英社発行の少女漫画誌で活動していたが、2013年より小学館で活動。 お茶の水女子大学附属中学校、お茶の水女子大学附属高等学校、早稲田大学教育学部卒業。中学時代から漫画を描き始め、1979年、高校1年生の時に「心にそっとささやいて」で『りぼん』(集英社)でデビュー(9月大増刊号)。10代後半からプロの漫画家として活動を開始し、合計7作品を高校時代に発表。また高校時代は卓球部に所属。1年の浪人生活を経て、早稲田大学教育学部に入学。在学中は「なべの会」に所属。在学中の1985年夏から1987年春まで『ポニーテール白書』を連載。
深水 真紀子(ふかみ まきこ、1962年5月12日 - )は… 深水 真紀子(ふかみ まきこ、1962年5月12日 - )は、日本の女優、プロデューサー。本名同じ。
秋田 喜代美(あきた きよみ、1957年 - )は、日本の教… 秋田 喜代美(あきた きよみ、1957年 - )は、日本の教育学者、心理学者。東京大学名誉教授。学習院大学文学部教授。専門は、発達心理学、教育心理学、保育学、学校教育学。 大阪府生まれ。お茶の水女子大学附属小学校、お茶の水女子大学附属中学校、お茶の水女子大学附属高等学校、東京大学文学部社会学科を卒業後、富士銀行勤務、専業主婦を経て、東京大学教育学部に学士入学。1991年、東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。1996年、東京大学より博士(教育学)の学位を取得。学位論文名は「読書の発達過程: 読書に関わる認知的要因・社会的要因の心理学的検討」。 東京大学教育学部助手、立教大学文学部専任講師、助教授を経て、東京大学大学院教育学研究科教授。
積山 薫(せきやま かおる、1957年 - )は、日本の心理… 積山 薫(せきやま かおる、1957年 - )は、日本の心理学者。ZEN大学知能情報社会学部教授。 金沢大学文学部助手、公立はこだて未来大学システム情報科学部教授、熊本大学文学部教授、京都大学大学院総合生存学館教授、京都大学大学院総合生存学館学館長などを歴任した。
谷山 浩子(たにやま ひろこ、1956年〈昭和31年〉8月2… 谷山 浩子(たにやま ひろこ、1956年〈昭和31年〉8月29日 - )は、日本の歌手、シンガーソングライター。本名:中西 浩子(なかにし ひろこ)。 東京都杉並区で生まれ、神奈川県横浜市で育つ。現在の所属プロダクションはヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス (YMEH) 。所属レコード会社はヤマハミュージックコミュニケーションズ。 1962年よりピアノを習い始め、7歳で初めての楽曲「星の夜」を作詞・作曲する。お茶の水女子大学附属中学校、お茶の水女子大学附属高等学校に入学。 中学校時代からキングレコードに曲の持ち込みを始め、ベイビーブラザーズ(後のフィンガー5)のシングル「白い天使」(1970年11月20日発売)B面曲に「ぼくたちの秘密」が採用される(原題は「誰も知らない」)。
佐島 直子(さじま なおこ、1955年6月19日 - 201… 佐島 直子(さじま なおこ、1955年6月19日 - 2017年3月10日)は、日本の防衛官僚、国際政治学者。専門は国際政治学アジア太平洋の安全保障、同盟関係、戦略文化論)。元専修大学経済学部教授。 お茶の水女子大学附属小学校・中学校・高等学校を卒業。1978年上智大学法学部卒業後、防衛庁に入庁。1993年青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修士課程修了。防衛庁国際室渉外専門官、防衛研究所第2研究部第3研究室主任研究官、オーストラリア国立大学戦略・防衛研究大学院客席研究員、ヴィクトリア大学ウェリントン校戦略研究センター特別研究員を歴任し、専修大学教授。公益財団法人日本国際フォーラム政策委員。日本ニュージーランド学会副会長、および同会事務局長、理事を務めた。
森 まゆみ(もり まゆみ、1954年7月10日 - )は、日… 森 まゆみ(もり まゆみ、1954年7月10日 - )は、日本の作家・エッセイスト・編集者・市民運動家。公益財代法人日本ナショナルトラスト理事。早稲田大学ジャーナリズム研究所特別招聘研究員。明治学院大学国際平和研究所研究員。 作家の近藤富枝は伯母。日本人音楽グループの在日ファンク・ギターの仰木亮彦は甥。従姉妹に武蔵野大学大学院言語文化研究科教授の堀井惠子。化学者の水島三一郎は母方の遠戚。 東京都文京区動坂出身。両親とも歯科医の家に生まれる。処女作のペンネームは母方の苗字に由来している。 文京区立誠之小学校、お茶の水女子大学附属中学校・高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部卒業(藤原保信に師事)。 出版社(オズマPR及びサイマル出版会)で企画・編集の仕事に携わった後、東京大学新聞研究所(現・東京大学大学院情報学環教育部)修了(稲葉三千男、香内三郎らに師事)。
大山 礼子(おおやま れいこ、1954年 - )は、日本の政… 大山 礼子(おおやま れいこ、1954年 - )は、日本の政治学者。専門は、国会を中心とした政治制度論。学位は、博士(法学)(一橋大学・2003年)(学位論文「立法過程の制度設計―ウェストミンスターモデルと欧州大陸型モデルの比較の視点から」)。駒澤大学名誉教授。地方制度調査会副会長、衆議院議員選挙区画定審議会委員等を歴任。 東京都生まれ。お茶の水女子大学附属高等学校を経て、1972年 一橋大学法学部入学。1979年 一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、法学修士。一橋大学では法哲学の上原行雄に師事。2003年、学位論文「立法過程の制度設計―ウェストミンスターモデルと欧州大陸型モデルの比較の視点から」で一橋大学より博士(法学)の学位を取得。
三沢 直子(みさわ なおこ、1951年7月 - )旧姓三上(… 三沢 直子(みさわ なおこ、1951年7月 - )旧姓三上(みかみ)は、日本の心理学者・心霊学研究者。学位は、文学博士(心理学)。元臨床心理士。 1983年早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程修了、2000年「統合型HTP法(S-HTP)に関する臨床的・発達的基礎研究」により文学博士取得。2002年~2007年明治大学文学部心理臨床学科教授。 順天堂大学付属精神医学研究所、東芝病院神経科、中央鉄道病院精神神経科などで臨床心理士として働く一方で、東京都精神医学総合研究所臨床心理研究部門などで描画テスト統合型HTP法の研究を続けてきた。 子育て後は、鉄道弘済会福祉相談室「母と子の心理相談」、中野区子ども家庭支援センターなどで子育て支援・相談活動を行い、1999年にはNPO法人コミュニティ・カウンセリング・センターを設立、子育て支援者の養成支援活動やカナダの親教育プログラム「Nobody’s Perfect 完璧な親なんていない!」を導入・全国普及に努めた。
斎藤 聖美(さいとう きよみ、女性、1950年12月1日 -… 斎藤 聖美(さいとう きよみ、女性、1950年12月1日 - )は、日本の実業家。ジェイ・ボンド東短証券株式会社創業者であり代表取締役社長、バスケットボール女子日本リーグ(WJBL / Wリーグ)元会長、昭和電工取締役、鹿島建設取締役。 東京都出身。お茶の水女子大学附属高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部卒業。ハーバード・ビジネス・スクール修了。 大学卒業後、日本経済新聞社、ソニーに勤務した後、モルガン・スタンレー投資銀行に入社しエグゼクティブディレクターとして勤務。 1992年4月独立しコンサルティング会社を設立。2000年4月に国債電子取引システム運営会社、ジェイ・ボンド東短証券の前身たる株式会社ジェイ・ボンドを設立し、代表取締役社長に就任。
灰島 かり(はいじま かり、1950年6月2日 - 2016… 灰島 かり(はいじま かり、1950年6月2日 - 2016年6月14日)は、日本の児童文学研究者・翻訳家。白百合女子大学講師。 本名・鈴木貴志子。旧姓・蓜島。 千葉県生まれ。割烹旅館や料亭を経営する裕福な家庭に生まれる。実家の『鴻月』は大正時代創業の市川三業組合に属する料理旅館で、市川市国府台にあった行楽地「里見八景園」の一事業として始まり、渡し船など遊船業も行っていた地元の老舗だった。 お茶の水女子大学附属中学校・高等学校を経て国際基督教大学を6年で卒業。中学より幾度か留学する。高校時代に沢田博脚本演出の高校演劇に客演し、大学時代は演劇に熱中して浪曼劇場研究生となる。大学卒業後(卒論テーマはアラン・ガーナー)、ホテルの通訳、資生堂宣伝部『花椿』編集部、コピーライターを経て、出産後翻訳などを手掛け、1994年に夫のサバティカルに同行して渡英し、サリー大学ローハンプトン大学院児童文学科で児童文学を学ぶ。
三田村 雅子(みたむら まさこ、1948年11月6日 - )… 三田村 雅子(みたむら まさこ、1948年11月6日 - )は、日本の国文学者。専攻は中古文学、特に『源氏物語』と『枕草子』。フェリス女学院大学名誉教授。義父の三谷栄一、夫の三谷邦明はいずれも中古文学研究者。 東京都に生まれる。1964年にお茶の水女子大学附属中学校を卒業。1967年にお茶の水女子大学附属高等学校を卒業。1971年に早稲田大学第一文学部国文科卒業。1979年に早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得修了、同大学助手。 1981年に東横学園女子短期大学専任講師、1983年にフェリス女学院大学文学部助教授、1989年に教授。2005年にフェリス女学院大学付属図書館長。2009年にフェリス女学院大学を退職し、上智大学文学部教授に着任。
青木 美稚子(あおき みちこ、1948年4月25日 - )は… 青木 美稚子(あおき みちこ、1948年4月25日 - )は、東京都出身の日本のソプラノ歌手、声楽家、声楽指導者、合唱指導者。 お茶の水女子大学附属高等学校から声楽の道に進む。東京藝術大学声楽科に入学し、同大学院独唱科修了。その後、二期会研究生を経て、正会員になった。ベートーヴェン「第九」などのソリストを務めた。 この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル クラシック音楽/ウィキプロジェクト クラシック音楽)。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
阿部 知子(あべ ともこ、1948年(昭和23年)4月24日… 阿部 知子(あべ ともこ、1948年(昭和23年)4月24日 - )は、日本の医師、政治家。民進党所属の衆議院議員(6期)。 社会民主党政策審議会長(第7代)、みどりの風代表代行、日本未来の党代表などを歴任。
山口 果林(やまぐち かりん、本名:山口 静江(やまぐち し… 山口 果林(やまぐち かりん、本名:山口 静江(やまぐち しずえ)、1947年〈昭和22年〉5月10日 - )は、日本の女優。 東京都中央区出身。実家は日本橋兜町の老舗の外商専門書店「千代田書店」。 お茶の水女子大学附属中学校・高等学校、桐朋学園大学短期大学部卒業後、俳優座に入る(若手時代の愛称は「かりんとう」)。 1970年3月、桐朋学園大学演劇専攻科を卒業すると森川時久監督の『若者の旗』で映画デビュー。同年行われたNHK長編ドラマ『繭子ひとり』(1971年放映)の選考会では150人を相手に勝ち抜き主役の座をつかみ好演した。 1979年、俳優座を離れ、フリーとなる。テレビドラマや映画で活動する一方、舞台女優としての経歴も長い。
多谷 千香子(たや ちかこ、1946年4月8日 - )は、日… 多谷 千香子(たや ちかこ、1946年4月8日 - )は、日本の法学者、検察官。前法政大学法学部教授。専門は国際刑事法。 東京都出身。1965年にお茶の水女子大学附属高等学校、1969年に東京大学教養学部国際関係論を卒業。 東京地検検事、法務省刑事局付検事、外務省国連局付検事、総務庁参事官、最高検察庁検事等を経て2005年3月に退官する。退官後、法政大学法学部教授に就任。2017年定年退職。 2001年9月から2004年9月まで、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所の訴訟裁判官を務めた。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
有賀 夏紀(あるが なつき、女性、1944年7月15日 - … 有賀 夏紀(あるが なつき、女性、1944年7月15日 - 2024年3月7日)は、日本の歴史学者。埼玉大学名誉教授。元アメリカ学会会長(2008年 - 2010年)。専門はアメリカ社会史、現代史。アメリカ社会史を日本に紹介した第一人者である。 『AERA』2004年2月2日号の「先生で選ぶ良い大学」メディア発信度の高い文系教員50人リストに掲載された。 東京都出身。お茶の水女子大学附属高等学校を経て、1968年お茶の水女子大学文教育学部卒業。1970年東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。国際教養学修士(東京大学)。1971年カリフォルニア大学バークレー校留学。歴史学MA(カリフォルニア大学バークレー校)。
毛里 和子(もうり かずこ、1940年1月19日 - )は、… 毛里 和子(もうり かずこ、1940年1月19日 - )は、日本の政治学者(中国政治と外交・東アジアの国際関係)。早稲田大学名誉教授・栄誉フェロー、文化功労者。紫綬褒章受章。 日本国際問題研究所研究員、静岡県立大学国際関係学部教授、横浜市立大学国際文化学部教授、早稲田大学政治経済学部教授、日本現代中国学会理事長などを歴任した。 東京府生まれ。お茶の水女子大学附属高等学校卒業、お茶の水女子大学文教育学部卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。卒業論文では「浙江財閥と蔣介石政権」を、修士論文では「北伐期の武漢国民政府」を書く。 1965年から1987年まで日本国際問題研究所研究員。現代中国についての資料集『中国共産党史資料集』、『新中国資料集成』を編集した。
石井 幹子(いしい もとこ、1938年10月15日 - )は… 石井 幹子(いしい もとこ、1938年10月15日 - )は、日本の照明デザイナー。石井幹子デザイン事務所主宰。 日本に「ライトアップ」という文化を根付かせたパイオニア的存在であり、東京タワーやレインボーブリッジの照明を手がけるなど、日本の都市夜景に変革をもたらした人物として知られる。 東京都出身。幼稚園から高校までお茶の水女子大学附属に通い、1962年に東京芸術大学美術学部図案計画科を卒業。デザイン会社で照明器具のデザインに携わり、1965年から1967年にかけてフィンランドとドイツの照明設計事務所に助手として勤務する。 帰国後の1968年に石井幹子デザイン事務所を設立し、1970年に開催された大阪万博、1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会の照明デザインを手がけるが、オイルショックの影響で照明デザインは電力の浪費と受け取られ日本国内では不遇の時期を過ごす一方、日本の建築雑誌で作品を見たミノル・ヤマサキの目に留まったことをきっかけに「日本に仕事がなくても、地球上のどこかにはあるはず」とオイルマネーで建設ラッシュに沸く中東をはじめ海外での仕事をこなし実績を作っていった。
石岡 瑛子(いしおか えいこ、1938年7月12日 - 20… 石岡 瑛子(いしおか えいこ、1938年7月12日 - 2012年1月21日)は、東京府出身のアートディレクター、テキスタイルデザイナー。 妹は同じくアートディレクター、イラストレーターの石岡怜子。米国映画芸術科学アカデミー協会 (Academy of Motion Picture Arts and Sciences) 会員。 お茶の水女子大学附属中学校・ お茶の水女子大学附属高等学校を経て、東京藝術大学美術学部図案計画科を卒業後、資生堂宣伝部に入社。村瀬秀明、中村誠らとともにグラフィックデザイナー、アートディレクターとして活動した。 1970年、石岡瑛子デザイン室として独立し、パルコや角川書店などの広告で1970年代の日本で活躍。
別所 純子(べっしょ じゅんこ、旧姓:出光、1938年5月2… 別所 純子(べっしょ じゅんこ、旧姓:出光、1938年5月28日 - 2019年5月22日)は、日本のフィギュアスケート選手(アイスダンス)。パートナーは夫の別所敬之。1964年全日本フィギュアスケート選手権優勝。お茶の水女子大学附属小学校、お茶の水女子大学附属中学校、お茶の水女子大学附属高等学校、お茶の水女子大学出身。 父は出光興産創業者の出光佐三。兄は出光興産第5代社長の出光昭介。出光興産第2代社長の出光計助は叔父。出光興産第4代社長の大和勝、出光興産第6代社長の出光裕治、出光豊、出光昭、出光芳秀は従兄。 1959年、別所敬之とカップルを組み、全日本選手権に出場し金子恵以子/竹内己喜男組に次いで2位に入る。
戸田 奈津子(とだ なつこ、1936年7月3日 - )は、日… 戸田 奈津子(とだ なつこ、1936年7月3日 - )は、日本の映画字幕翻訳家、通訳者、映画翻訳家協会元会長。神田外語大学客員教授・神田外語学院アカデミックアドバイザー。 福岡県戸畑市(現:北九州市戸畑区)に生まれる。戸田が1歳のときに銀行員であった父が日中戦争下の上海で戦死し、母の実家のある東京・世田谷に転居した。このため、出身地は東京都としている。第二次世界大戦中で娯楽の無かった子供時代を過ごしたため、終戦の翌年から解禁された外国映画を見て衝撃を受ける。中学生の後半からは一人で映画を見にいくようになり、高校生の頃から名画座などに通い詰める。 母が東京女子高等師範学校(現:お茶の水女子大学)卒業後、高校教諭をしていた関係でお茶の水女子大学附属幼稚園に入園。
中村 桂子(なかむら けいこ、1936年(昭和11年)1月1… 中村 桂子(なかむら けいこ、1936年(昭和11年)1月1日 - )は、生命誌研究者、JT生命誌研究館名誉館長。理学博士(東京大学、1964年)。東京府出身。長女は、スウェーデン語講師、翻訳家の中村友子。 東大理学部卒。企業所属の生命科学研究所開設に際し研究員となる。人間社会との接点を測りながら遺伝子研究に携わる。生命体の本質を知るには生物の履歴が必要と考え、生命誌研究館を設立。著書に『生命科学から生命誌へ』(1991年)など。
広中 和歌子(廣中 和歌子、ひろなか わかこ、1934年(昭… 広中 和歌子(廣中 和歌子、ひろなか わかこ、1934年(昭和9年)5月11日 - )は、日本の政治家。旧姓、木本(きもと)。 東京都出身。夫は数学者の広中平祐。参議院議員を4期つとめ、細川内閣では環境庁長官をつとめた。
樋口 恵子(ひぐち けいこ、1932年〈昭和7年〉5月4日 … 樋口 恵子(ひぐち けいこ、1932年〈昭和7年〉5月4日 - )は、日本の評論家。東京家政大学名誉教授。高齢社会をよくする女性の会理事長。 父は考古学者の柴田常恵。広く首都圏各自治体主催の講演会などで活動。男女共同参画審議会のメンバーの一人。
田中 希代子(たなか きよこ、1932年2月5日 - 199… 田中 希代子(たなか きよこ、1932年2月5日 - 1996年2月26日)は、戦後昭和時代に活躍した日本のピアニスト、ピアノ教育者。 田中は、ジュネーヴ国際音楽コンクール(第14回1952年)、ロン=ティボー国際コンクール(第5回1953年)、ショパン国際ピアノコンクール(第5回1955年)の3つの国際コンクールの日本人初入賞者として知られる。 30歳代後半に難病により引退したが、その後は後進の育成に努めた。また、現役時代から当時の皇太子妃(現美智子上皇后)に慕われたピアニストとしても知られる。 東京府出身。父はヴァイオリニストの田中詠人、母は声楽家の田中伸枝。弟の田中千香士は、NHK交響楽団でコンサートマスターも務めたヴァイオリニスト。
せな けいこ(瀬名 恵子、1931年12月3日 - 2024… せな けいこ(瀬名 恵子、1931年12月3日 - 2024年10月23日)は、日本の絵本作家。結婚後の姓:黒田。。童画家の武井武雄に師事し童画を、児童文学作家の武田雪夫に童話を学んだのち、4冊からなる「いやだいやだの絵本」シリーズでデビューする。同作で、第17回サンケイ児童文学出版文学賞を受賞。その他「あーんあーんの絵本」シリーズ(全4冊)、「めがねうさぎ」シリーズなど、後世まで長く読み継がれる名作絵本を多数世に出した。「いやだいやだの絵本」シリーズのうちの1冊、『ねないこだれだ』に登場する「おばけ」は、せな作品のトレードマークとして広く知られている。 1931年(昭和6年)12月3日、東京市牛込区(現:新宿区)南町に、瀬名貞利・富美の長女として生まれる。
齋藤 雅子(さいとう まさこ、1931年〈昭和6年〉2月 -… 齋藤 雅子(さいとう まさこ、1931年〈昭和6年〉2月 - 2004年〈平成16年〉)は、日本の小説家、文筆家。東京都生まれ。東京都立大学仏文学科卒業。1955年から1965年まで共同通信社記者。1968年4月『早稲田文学』に「悲しみの人魚の歌」を発表、川端康成が、芥川賞候補になぜなっていないのかと称賛した。共同通信社を退社後は、リーダーズダイジェスト、FMfan、婦人画報等、雑誌のための取材やインタヴュー、英文和訳を数多く手がけ、1970年代末からは、古典文学の解説や平安京に取材した小説などを執筆した。没時まで、日本ペンクラブ会員。本名とは別に藤岡 雪子の筆名がある。 イタリア語作品の翻訳家で、第5回須賀敦子翻訳賞受賞者の齋藤ゆかりは、その子にあたる。
鈴木 道子(すずき みちこ、1931年 - )は、日本の音楽… 鈴木 道子(すずき みちこ、1931年 - )は、日本の音楽評論家。祖父は鈴木貫太郎。 東京府出身。自由学園ピアノ学校に学び、林光は同級生であった。東京女子高等師範学校附属高等学校から東京女子大学文学部英米文学科に進む。高校の頃からNHKやTBSのラジオ放送に出演していた。大学卒業後、文化放送にアナウンサーとして入社したが、レコード室を経て、音楽番組を手がけるプロデューサーとなり、『モダン・ジャズを分析する』で『スイングジャーナル』誌のプロデューサー・オブ・ジ・イヤーを受賞した。 1960年にアメリカ合衆国へ渡り、1年半ほどで帰国して以降は、フリーランスとしてラジオ番組のプロデューサーやディスクジョッキー、音楽評論家として活動した。
谷 洋子(たに ようこ、1928年8月2日 - 1999年4… 谷 洋子(たに ようこ、1928年8月2日 - 1999年4月19日)は、日本の女優。国際映画俳優の草分けとして知られる。『風は知らない』『バレン』などに出演。 父は経済学者の猪谷善一、母・妙子は儒学者江木鰐水の曾孫である。 江木鰐水の長男保男は明治時代に江木写真館を開業する。妙子の父となる定男は、保男の後妻である悦子に育てられる。悦子の父は愛媛県令などを歴任した関新平である。また、悦子の妹にませ子(aka万世子)が、異母姉妹に大正三美人の一人江木欣々がいる。ませ子は鏑木清方の美人画「築地明石町」のモデルとなった女性である。 定男は悦子の妹・ませ子と結婚し、妙子と二人の妹を儲ける。作家の中勘助は、定男と一高で知り合い江木家にも出入りするようになるが、妙子を幼女のころから熱愛し、作品にも描いた。
三淵 嘉子(みぶち よしこ、1914年〈大正3年〉11月13… 三淵 嘉子(みぶち よしこ、1914年〈大正3年〉11月13日 - 1984年〈昭和59年〉5月28日)は、日本初の女性弁護士の1人であり、初の女性判事および家庭裁判所長。旧姓:和田()、旧々姓:武藤()。従三位。 台湾銀行勤務の武藤貞雄とノブの長女として、シンガポールにて生まれる。シンガポールの漢字表記のひとつである「新嘉坡」から「嘉子」と名付けられた。 東京府青山師範学校附属小学校(現在の東京学芸大学附属世田谷小学校)を経て東京女子高等師範学校附属高等女学校(現在のお茶の水女子大学附属高等学校)を卒業した際に、進歩的な考えを持つ父に影響を受け法律を学ぶことを決意し、当時女子に唯一法学の門戸を開いていた明治大学専門部女子部法科に入学した。
斎藤 鶴子(さいとう つるこ、1909年8月20日 - 20… 斎藤 鶴子(さいとう つるこ、1909年8月20日 - 2000年9月30日)は、日本の平和運動家。 宮崎県延岡で、7人兄弟中の3姉妹の長女として生まれた。父は教員で、各地の学校で校長を務めた。 1930年に、東京女子高等師範学校附属高等女学校専攻科を卒業した。在学中は幼児教育を専門とした倉橋惣三に師事し、またテニスに打ち込んだ。その後、結婚して東京・中野に定住したが、戦時中の1944年には山形県に疎開していた。 1950年代に、PTA活動に参加するようになったことをきっかけに、社会問題への関心を深め、1954年の第五福竜丸の被爆事件を機に、安井郁らが組織した主婦学習グループ「杉の子会」に加わり、原水爆禁止運動、平和運動に関わり始め、1955年に『朝日新聞』への投書をきっかけに投稿者らの女性グループ「草の実会」に参加して、1967年には「草の実会」を母体に平和研究グループを組織し、原水爆禁止運動などに取り組んだ。
小野寺 百合子(おのでら ゆりこ、1906年〈明治39年〉1… 小野寺 百合子(おのでら ゆりこ、1906年〈明治39年〉10月1日 - 1998年〈平成10年〉3月31日)は、日本の翻訳家、随筆家、ノンフィクション作家。トーベ・ヤンソンの『ムーミンシリーズ』などの児童文学翻訳で知られる。旧姓、一戸。陸軍少将小野寺信は夫。 東京都渋谷区生まれ。東京女子高等師範学校附属高等女学校専攻科(現・お茶の水女子大学附属中学校・お茶の水女子大学附属高等学校)卒。第二次世界大戦中、公使館附武官だった夫とともにスウェーデンに滞在し、和平工作のための夫の情報活動を手伝い、暗号電文を作ったり、本国からの電文を解読したりした。60歳を過ぎてから、トーベ・ヤンソンやアストリッド・リンドグレーン、エレン・ケイなどスウェーデン文学の翻訳に従事した。
石渡 満子(いしわた みつこ、1905年(明治38年)1月1… 石渡 満子(いしわた みつこ、1905年(明治38年)1月13日 - 1974年(昭和49年)8月27日)は、日本の裁判官、弁護士。女性として日本で最初に裁判官となった。 神奈川県(京都府との説もある)にて、旧名主であり官吏の家の4人姉妹の長女として出生。1922年東京女子高等師範学校附属高等女学校本科卒業、1926年東京女子高等師範学校卒業。卒業と同時に結婚する。8年後に離婚し、法曹を志し、明治大学に進学し、1944年に卒業。1945年司法試験に合格。1948年婦人法律普及会を結成。 1949年女性初の判事補として東京地方裁判所に赴任。1950年婦人人権擁護同盟を組織。1961年判事となり、関東各地の地方裁判所に赴任。