伊藤 満洲雄(いとう ますお 1932年(昭和7年)3月30日 - )は、日本の実業家。父は初代内閣総理大臣の伊藤博文の次男・眞一。 兵庫県川辺郡塚口(現・尼崎市)に生まれる。名前は、同年に建国された満州国にちなむ形で満洲雄(ますお)となった。父は当時南満州鉄道に勤務していたが、満洲雄の生まれる前年に大阪勤務となっていた。 子供の頃から体が弱く、大阪市立曽根崎小学校に入学した年の秋に肺炎となり、阪大病院に入院、退院後も中耳炎に罹患した。当時両親からは「早く亡くなってしまうのではないだろうか」としばしば言われたという。 通学先はその後、塚口小学校に変更となる。父の転勤で東京の青南小学校に移った後、疎開により滋賀県の瀬田町立瀬田国民学校に転校した。
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