梅沢 治雄(うめさわ はるお、旧字体:梅澤 治雄、1910年(明治44年)10月30日 - 2003年(平成15年)6月23日)は、日本の元陸軍軍人および陸上自衛官。陸士44期卒(歩兵)、陸大51期(恩賜)。最終階級は中佐、陸将。 山形県米沢市出身。梅沢力助少将(11期)の長男。東京府立第六中学校(3回生)より陸軍幼年学校(29期)に転じ、陸軍士官学校を卒業。原隊は近衛歩兵第1連隊。少尉任官後、第51代連隊旗手を拝命。幹部候補生専任教官や歩兵学校教官を経て、陸軍大学校卒業後は第6師団参謀として中支に出征。参謀本部部員、陸大教官、大本営参謀を経て、陸軍省人事局で終戦を迎える。 戦後は第一復員局総裁秘書官を経て、保安隊に入隊。
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