山崎 善平(やまざき ぜんぺい、1926年4月21日 - 2005年7月5日)は、東京都出身の元プロ野球選手(外野手)。 府立第十二中から明治大学を経て、1950年に大洋ホエールズへ入団。しかし、契約金を1年かからずに使い切るほどの酒癖がたたり、1年で大洋を解雇される。同級生の杉下を頼り、1951年には名古屋ドラゴンズに移籍。1952年6月3日の古巣・大洋戦ダブルヘッダー第2試合(門司老松)では1試合6盗塁のプロ野球記録をマーク。内容は二盗1、三盗3、本盗2であった。足は速くも遅くもなかったが、一か八かの賭けに勝ち続けた結果であると杉下は述べている。この記録は1989年10月16日の中日戦で広島の正田耕三が同じく1試合6盗塁をマークしたのみで現在もプロ野球タイ記録として残っている。
出典:ウィキペディア「山崎善平」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
