富岡 茂永(とみおか しげなが、1961年〈昭和36年〉2月7日 - 2017年〈平成29年〉12月7日)は、日本の神職。富岡八幡宮宮司(第20代)、日本会議江東支部長、東京都神道青年会長などを務めた。殺人事件を実行後、自殺した。 富岡興永・聰子の長男として東京都に生れる。江東区立数矢小学校卒業。江東区立深川第三中学校卒業。國學院大學久我山高等学校を経て、駒澤大学、皇學館大学卒業。富岡八幡宮の権禰宜、禰宜、権宮司、宮司代務者などを務める。 1994年10月、父の富岡興永が体調を崩し宮司を退任。1995年3月、富岡八幡宮の第20代宮司となる。同年、神道青年全国協議会理事に就任。宮司在任中の1998年に若乃花の横綱昇格の際に刻名式復活を行って土俵入り発表行事である刻名奉告祭を開き参拝者が増えるきっかけとなったと、茂永の小、中学校時代の同級生は述べている。
出典:ウィキペディア「富岡茂永」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
