小船 幸次郎(こぶね こうじろう、1907年〈明治40年〉4月4日 - 1982年〈昭和57年〉2月17日)は日本の作曲家、指揮者である。 横浜市生まれ。出生時の名は幸太郎。父が横浜の羽衣座という演芸場に関係していたので、幼時は日本音楽と演劇が身近な環境に育った。18歳の頃に作曲を志して独学し、1936年、30歳の時にチェレプニンに指導を受けたのみである。指揮法は15歳の頃より独学し、1937年にローゼンシュトックに師事した。 1932年に八十島外衛らと共に新交響楽団を離れ、横浜交響楽団の旗揚げに踏み切った。 1938年、第6回毎日音楽コンクールに《序曲第1番》が第1位入選、同年新響第2回邦人作品コンクールに《祭りの頃》が入選、日本放送協会募集管弦楽に《組曲第1番》が入選した。
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