大谷 泰司(おおたに たいじ、1932年(昭和7年)1月31日 - 2012年(平成24年)2月1日)は、日本のプロ野球セントラル・リーグ審判。神奈川県横浜市出身。プロ野球で没収試合(後述)を宣言した数少ない審判員でもある。 横浜市立横浜商業高等学校に進んだが、春の選抜・夏の選手権の全国大会へは進出できなかった(当時は浅野高等学校、湘南高等学校が夏の甲子園に出場していた時期である)。卒業後1961年にセントラル・リーグの審判部に入局。関東出身でありながら関西審判部所属を希望。受理され1984年1月の退局まで同部の所属となる。 若い頃から視力が落ちており、一時期は眼鏡をかけて審判していたが、1969年のとあるゲームで判定に激昂した当時の中日監督水原茂に眼鏡をむしり取られるという出来事に見舞われてからはコンタクトレンズをつけて審判するようになる。
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