山崎 弘美(やまざき ひろみ、1932年10月9日 - 2013年5月20日)は、長野県出身のプロ野球選手。 辰野高校から1952年に読売ジャイアンツへ入団。1958年の二軍の国鉄・大洋との北海道遠征では、青函連絡船で函館に着くと朝市で毛ガニを両手で抱えきれないくらい買ってくるなど、めぼしい駅に着く度に地元の名物を買い込んできたほか、買い出し・列車の手配など、マネージャー兼任で活躍した。また、巨人軍合宿所の小山寮長の信頼が厚く、そのうち副寮長格になって寮長の隣の部屋に住んでいたという。しかし、広田順・藤尾茂・森昌彦ら強力な捕手陣の壁を崩せず、一軍試合出場は1959年の2試合のみで、1960年に引退。
出典:ウィキペディア「山崎弘美」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
