藤田 浩雅(ふじた ひろまさ、1961年10月3日 - )は、静岡県裾野市出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ。 家業の食堂は何度も傾き、食うや食わずの生活をしてきた。御殿場西高校では2年先輩の杉本正とバッテリーを組んでいた1年先輩の捕手が投手にコンバートされたため、1年次の1977年秋に捕手へ転向。高校卒業後は大昭和製紙への入社を希望するも断念し、1980年に関東自動車工業へ入社。3年目の1982年には都市対抗にヤマハ発動機の補強選手で出場してベスト8入りに貢献し、打撃は粗削りであったが、その強肩に広島、阪急などが目をつけた。特に阪急は衰えが目立つようになった中沢伸二の後継としてリストアップし、同年のドラフト3位で阪急ブレーブスに入団。
出典:ウィキペディア「藤田浩雅」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
