スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
木須 フェリペ(きす フェリペ、1999年9月4日 - )は… 木須 フェリペ(きす フェリペ、1999年9月4日 - )は、静岡県富士市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であり、登録名はフェリペであった。 出生以来ブラジルの国籍を有していたが、静岡県内の中学校・高校に通算6年間在学していたため、NPBの規定に沿って日本人扱いでオリックスへ入団。2019年8月に日本の国籍を取得しており、同年まで本名表記は木須デソウザ フェリペとなっていた。 富士市立丘小学校3年時まで水泳を習った後に、4年時から野球を始める。富士市立岳陽中学校時代には、「1番・捕手」として対外試合に出場していた。 御殿場西高等学校への進学後は、1年時の秋から正捕手へ定着。
掃詰 開士(はきづめ かいし、1996年11月11日 - )… 掃詰 開士(はきづめ かいし、1996年11月11日 - )は、日本の空手家。 公益社団法人日本空手協会総本部指導員。段位は四段(2025年時点)三重県出身。駒澤大学卒業。実弟は同じく日本空手協会総本部指導員の掃詰友志。 1996年(平成8年)、三重県尾鷲市に生まれる。5歳から空手を始める。 高校は空手の名門・御殿場西高等学校(静岡県)に進学。 その後、駒澤大学に入学し空手道部に所属。学生時代から団体形・個人形などで活躍し、2018年(平成30年)の全日本大学空手道選手権大会では、栗原一晃監督のもと男子団体形で準優勝などの成績を修める。2020年(令和2年)に同大学文学部歴史学科を卒業。 大学卒業後、日本空手協会の研修生となり、現在は総本部指導員として指導を行う。
佐合 尚人 (さごう なおと、1992年6月19日 - ) … 佐合 尚人 (さごう なおと、1992年6月19日 - ) は、日本の空手家。2020年東京オリンピック空手代表。 東京都昭島市出身。7歳で空手を始める。御殿場西高校、帝京大学卒業。高栄警備保障所属。2018年、スペインのマドリードで開催された2018年世界空手道選手権で男子組手 -60kg級で銀メダル獲得した 。 2020年東京オリンピックでは日本代表に内定していたが、東京オリンピックが1年延期となったことから世界空手連盟が再選考を実施することを決定。代表内定の取り消し後の再選考で再度五輪出場権を獲得した。 2021年8月5日、東京オリンピック空手競技組手男子67キロ級に出場したが、予選A組で1勝3敗となり、準決勝には進めなかった。
志村 龍己(しむら りゅうき、1986年9月1日 - )は、… 志村 龍己(しむら りゅうき、1986年9月1日 - )は、山梨県富士吉田市出身の競輪選手。日本競輪学校第98期生。志村太賀(90期)は実兄であり師匠。 幼年時代より空手に取り組んだ。御殿場西高等学校を経て駒澤大学に進学。同大学時代の2008年、ポーランドで行われた第6回世界学生空手道選手権大会の組手(-80㎏級)で3位に入った。その後は、すでに競輪選手となっていた兄の太賀を追って競輪界入り。競輪学校時代の在校競走成績は34位(7勝)。 2010年7月12日、いわき平競輪場でデビューし3着。初勝利は同年8月9日の千葉競輪場。
小笠原 大晃(おがさわら ひろあき、1982年11月9日 -… 小笠原 大晃(おがさわら ひろあき、1982年11月9日 - )は、日本の俳優。静岡県清水市(現静岡市)出身。身長186cm。血液型A型。かつてヒロックスエンターテインメントに所属していた。男子二児の父。2020年離婚後、2021再婚。現在の妻との間に第1子女児が誕生。 KINGSKARATE ENTERTAINMENT代表を務める。株式会社OTTの代表取締役YouTube「小笠原姉弟ch」で実の姉と共に伝統空手の知識や稽古内容、エンタメを配信している。 tiktok「オガハニーOGA&HONEY」で活動中。 趣味は空手・スキューバーダイビング・車・アンティーク・炊事・洗濯。
小野 晋吾(おの しんご、1975年4月7日 - )は、静岡… 小野 晋吾(おの しんご、1975年4月7日 - )は、静岡県駿東郡長泉町出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ。 小学2年生時に長泉町に初めて出来た少年野球チーム長泉ジュニアクラブに入団。3年生から二塁手や投手としてレギュラーになった。小学5年1月時に右大腿骨に骨嚢腫が見つかり一時は野球を諦めたが、6年生時に怪我を押してマクドナルド県大会に出場し準優勝に貢献。夏休み中に手術を行い克服した。 長泉町立北中学校3年春の県大会で浜名中を相手に1安打14奪三振を見せるも敗戦。御殿場西高校時代は1年秋に県大会決勝で東海大工の森中聖雄に投げ勝つと東海大会も1人で投げ抜いてベスト4。2年春の第64回選抜高等学校野球大会に出場、東山高校の岡島秀樹と投げ合い、逆転負けを喫する。
藤田 浩雅(ふじた ひろまさ、1961年10月3日 - )は… 藤田 浩雅(ふじた ひろまさ、1961年10月3日 - )は、静岡県裾野市出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ。 家業の食堂は何度も傾き、食うや食わずの生活をしてきた。御殿場西高校では2年先輩の杉本正とバッテリーを組んでいた1年先輩の捕手が投手にコンバートされたため、1年次の1977年秋に捕手へ転向。高校卒業後は大昭和製紙への入社を希望するも断念し、1980年に関東自動車工業へ入社。3年目の1982年には都市対抗にヤマハ発動機の補強選手で出場してベスト8入りに貢献し、打撃は粗削りであったが、その強肩に広島、阪急などが目をつけた。特に阪急は衰えが目立つようになった中沢伸二の後継としてリストアップし、同年のドラフト3位で阪急ブレーブスに入団。
森下 知幸(もりした ともゆき、1961年3月21日 - 2… 森下 知幸(もりした ともゆき、1961年3月21日 - 2024年1月16日)は、日本の野球選手、高校野球指導者。御殿場西高等学校事務職員・野球部監督。 静岡県立浜松商業高等学校野球部監督、日本大学三島高等学校野球部監督、常葉学園菊川高等学校野球部監督などを歴任した。 浜松市立天竜中学校卒業、野球部の一学年下には横浜高校~日本ハムの曽利田勝二がいた。静岡県立浜松商業高等学校の野球部では主将を務め、第50回選抜高等学校野球大会にて優勝を果たした。 その後、中部電力での社会人野球の選手を経て、静岡県立浜松商業高等学校、日本大学三島高等学校、常葉学園菊川高等学校にて野球部の指導を担当した。特に常葉学園菊川高等学校においては、甲子園で一度も勝利したことがなかった同校を強豪校となるまでに育て上げ、第79回選抜高等学校野球大会での優勝に導いた。
芹澤 信雄(せりざわ のぶお、1959年11月10日 - )… 芹澤 信雄(せりざわ のぶお、1959年11月10日 - )は、静岡県御殿場市出身のプロゴルファー。サンエー・インターナショナル所属。兄は俳優の芹澤名人。趣味はスキー(高校時代に国体に出場したことがあるほど)。既婚。2児の父。 芹澤自身の名を冠したテレビ番組も何本か作られ、レギュラーとして出演している。いずれもゴルフを題材にしたバラエティー番組である。 上記の2番組で、兄弟共演を果たしている。