小塚 光彦(こづか みつひこ、1916年(大正5年) - 2011年(平成23年)7月26日)は、日本のフィギュアスケート選手。 「フィギュア王国」愛知県の基礎を築いた。長男はグルノーブルオリンピック男子フィギュアスケート代表の小塚嗣彦、孫はバンクーバーオリンピック男子フィギュアスケート代表、2011年世界選手権銀メダリストの小塚崇彦。 愛知県名古屋市生まれ。学業を終え満州に渡り、満州国協和会の保安部警務司のカメラマンとなる。撮影に訪れた新京の児玉公園(いまの勝利公園)で撮影モデルに頼んだ少女スケーターと出逢ったことがきっかけでフィギュアスケートを知り、自らもスケートを始める。その後、フィギュアスケート選手中村公正と知己となったことで練習に励み、満州では中村とともに優れた成績を収めるほどになった。
出典:ウィキペディア「小塚光彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
