種田 弘(たねだ ひろむ、本名:浅田 弘《あさだ ひろむ》、1931年8月6日 - 2018年2月12日)は、京都府出身のプロ野球選手(投手)。 鴨沂高校から1950年にこの年に創設された大洋ホエールズに入団。スピードはそれほどないが、大きなカーブとシンカー(沈むシュート)を武器に活躍する。1952年途中に退団して、西京観光に入社するが、1955年に阪急ブレーブスでプロに復帰。翌年には梶本隆夫に次ぐ17勝を挙げた。防御率も1.56とリーグ3位という成績を収めた。1961年に引退。 2018年2月12日、死去。85歳没。
出典:ウィキペディア「種田弘」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
