岩城 秀哉(いわき ひでや、1895年10月2日 - 没年不詳)は、日本の俳優である。本名は中家 秀一(なかや ひでかず)。旧芸名は岩城 秀雄(いわき ひでお)。 1895年(明治28年)10月2日、兵庫県神戸市山本通(現在の同県同市中央区山本通)に生まれる。関西学院中学部卒業後、早稲田大学英文科に進学する。 早稲田大学2年修了(中退)後、海運業輸出部主任を務めていたが、1917年(大正6年)、岩城秀雄という芸名で新国劇創立と共に同劇団に入団。以降、主に端役・脇役として出演するが、1922年(大正11年)頃からは岩城秀哉と改名して活動している。1924年(大正13年)1月、帝国キネマへ入社。同年2月7日に公開された佐藤紅緑原作の松本英一監督映画『大盗伝』や、同年4月2日に公開された若山治監督映画『肉弾』など、悪役俳優として活躍していたが、出演配役に岩城の名前は見当たらず、岩城自身も少々不平があったようである。
出典:ウィキペディア「岩城秀哉」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
