斎尾 慶勝(さいお よしかつ、1889年10月1日 - 1986年6月7日)は、日本の海軍軍人、軍事技術者。最終階級は海軍技術中将。 鳥取県東伯郡由良村(現在は北栄町由良宿)出身。父・専勝は初代由良村長で、伯父・徳左衛門は1864年に鳥取藩が最初に築造した砲台場「由良台場」の責任者を務めた人物であった。米子中学校、七高を経て、1916年東京帝国大学工学部造兵学科を卒業。同年海軍造兵中技士として横須賀鎮守府に勤務。1918年海軍造兵大技士(翌年大尉に改称)・佐世保海軍工廠造兵部部員。1922年7月造兵監督官として英国に出張し、翌年6月帰朝。1924年造兵少佐となり、横須賀海軍工廠造兵監督官、1926年に呉海軍工廠砲熕部部員(工務主任)。
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