橋谷 義孝(はしたに よしたか、1888年〈明治21年〉2月13日 - 1975年〈昭和50年〉3月5日)は、日本の農学博士、技師、実業家。酵母の専門家である。 鳥取県日野郡宮原村(のち日野郡溝口村宮原・日野郡溝口町宮原、現・西伯郡伯耆町宮原)生まれ。橋谷義治の二男。溝口尋常高等小学校、鳥取県立第二中学校(後の米子中学、現・米子東高校)を経て1915年、東北帝国大学農科大学(現・北海道大学農学部)を卒業する。大日本麦酒に入社する。 1923年、農学博士の学位を受く。1930年、薬用酵母剤「エビオス」を創製する。1931年、麦酒醸造に関し、学術研究及び視察のため欧米に出張する。名古屋工場長を経て1935年、吹田工場長。
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