黒田 和生(くろだ かずお、1949年3月8日 - )は、岡山県倉敷市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 倉敷市立東中学校の在学中は野球部に所属したが、有数の名門校であった同校の練習はスパルタ式であったと後に語っている。そのこともあって岡山県立倉敷青陵高校に入学後は中学時代と違うスポーツをやろうと考えてサッカー部に入部した。 1967年、東京教育大学(現在の筑波大学)に進学して蹴球部に入部。大学2年および3年次には関東大学サッカーリーグ戦で連覇を経験。4年次には副主将を務めた。 大学4年次の就職活動で一時は新日本製鐵から内定を得ていたものの取り消し。その後、教授で蹴球部監督も務めた成田十次郎の紹介により神戸フットボールクラブ(神戸FC)に職員として入社。
出典:ウィキペディア「黒田和生」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
