黒土 四郎(くろつち しろう、1888年〈明治21年〉6月12日 - 1967年〈昭和42年〉2月9日)は、日本の教育者。横浜中学校・高等学校創立者。青森県今別町名誉町民。位階は従四位。 青森県東津軽郡一本木村(現今別町)奥平部で旧弘前藩士の黒土形衛の二男として生まれた。父は維新後に始めた商売に失敗し、津軽半島北端の地に移り海藻を採るなどして生計を立てた。12歳で父と死別し、翌年に青森地方裁判所の給仕となった。その後、進学するために弘前にある寺の住職を務めていた伯父の養子となり、東奥義塾に入学した。1908年(明治41年)に東奥義塾を卒業して東京高等師範学校博物学科に進み、1912年(明治45年)に卒業した。
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