高橋 秀(たかはし しゅう、1930年〈昭和5年〉6月30日 - )は、日本の画家、版画家、彫刻家。元独立美術協会会員、倉敷芸術科学大学名誉教授、文化功労者。本名は髙橋 秀夫(たかはし ひでお)。本名の姓の「髙」 はいわゆる「はしごだか」であるが、筆名の姓の「高」 はいわゆる「くちだか」である。 広島県立府中中学校(現、広島県立府中高等学校)を卒業後に化粧品の訪問販売をしながら絵を描いていた頃(1948年)、終戦後に府中町(現、広島県府中市)に疎開していた二科会の画家、北川実のアトリエに出入りするようになる。そこで北川の油彩画、およびピカソやマティスの画集を目にして、美術の世界に目覚める。 高橋は1959年の第3回安井賞候補新人展、翌年の第4回展に安井賞候補として出品した後、1961年に3回目の候補となり《月の道》でようやく安井賞を受賞した。
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