久保 克彦(くぼ かつひこ、1918年9月5日 - 1944年7月18日)は、日本の画家。東京美術学校工芸科図案部(現・東京芸術大学デザイン科)を首席で卒業した後、太平洋戦争の中国戦線に出征し、戦死した戦没画学生。東京美術学校卒業生の戦没者はわかっているだけで167名おり、久保はそのうちの1人である。卒業後直ちに応召した後、ほどなく戦死しているので目立った作品が多いわけではないが、1971年 (昭和46年) に東京芸術大学芸術資料館に展示された「図案対象」は、戦没画学生の作品発掘のきっかけの1つになった。 久保克彦は、1918年(大正7年)に山口県熊毛郡佐賀村佐合島(現平生町)の醤油醸造業を営む家で女4人男2人の6人兄弟の末っ子として生まれた。
出典:ウィキペディア「久保克彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
