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大石友好

おおいし ともよし
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大石 友好(おおいし ともよし、1954年1月15日 - )は、徳島県海部郡宍喰町(現:海陽町)出身の元プロ野球選手(捕手)・コーチ。 海南高校では尾崎健夫とバッテリーを組み、2年次の1971年に春季徳島大会で優勝するが、代表決定戦で徳島商(選抜代表校)に敗れて四国大会には進めなかった。同年夏も県予選準々決勝で池田高に敗れ、甲子園には出場できなかった。他の高校同期に北川裕司、後にセ・リーグ審判となる谷博、同志社大学から日本生命に進んだ花野巧がいた。高校卒業後の1973年、当初志望していた関西大学が学生運動の影響で野球部員としての募集を行っておらず、日本生命からのオファーもあったものの大学進学を希望したため先輩のつてを頼って北川と共に神奈川大学へ進学。

出典:ウィキペディア「大石友好」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋