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河西新太郎

かわにし しんたろう
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河西 新太郎(かわにし しんたろう、1912年5月2日 - 1990年9月8日)は、昭和時代日本の詩人、作詞家。香川県出身。 1912年(明治45年)5月2日、弁護士・河西善太郎の長男として高松市に生まれる。旧制高松中学校を経て東洋大学在学時に東都大詩人連盟等を結成。機関紙「大学詩派」を主宰する他、新東京演劇映画協会文芸部長として多数の脚本を手がけた。その後大学を中退し、同郷の先輩である菊池寛を訪ね「文藝春秋社」への入社を希望するも「詩で飯は食えない」と断られる。1934年(昭和9年)四国民報社に入社。1937年(昭和12年)に東京朝日新聞が主催した「亜欧連絡記録大飛行応援歌」に応募した「行けよ「神風」空遠く」が応募総数約四万五千編の中から一等入選で採用された。

出典:ウィキペディア「河西新太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋