広瀬 栄一(ひろせ えいいち、1911年〈明治44年〉1月23日 - 1988年〈昭和63年〉5月1日)は、日本の陸軍軍人、陸上自衛官。最終階級は陸軍中佐、陸将。 香川県出身。旧制高松中学(現・香川県立高松高等学校)より広島陸軍幼年学校に転じ、陸軍予科士官学校に進学。44期生の指導生徒も務めたが、そこの区隊長はのちに二・二六事件の首謀者の一人となる村中孝次であった。1931年(昭和6年)7月、陸軍士官学校(43期)を卒業、同年10月、陸軍少尉任官、1938年(昭和13年)5月、陸軍大学校(50期)を卒業。砲兵畑を進む。 第二次世界大戦中、日本とフィンランドの間では暗号解読等の対ソ連情報協力が行われていた。
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