櫻井 忠温(さくらい ただよし、1879年(明治12年)6月11日 - 1965年(昭和40年)9月17日)は、日本陸軍軍人、作家。最終階級は陸軍少将。翻訳家、教育者の櫻井鴎村は実兄。木村駿吉の娘婿で海軍中将の櫻井忠武は実弟。 1879年(明治12年)6月11日、愛媛県松山城下の小唐人町(現・松山市大街道1丁目)に士族の3男として生まれる。1899年(明治32年)、松山中学校を卒業し、神戸税関に勤務。1901年(明治34年)11月、陸軍士官学校卒業(13期)。 松山の歩兵第22連隊旗手として日露戦争に出征。乃木将軍配下、旅順攻囲戦で体に8発の弾丸と無数の刀傷を受け(全身蜂巣銃創)、右手首を吹き飛ばされる重傷を負う。
出典:ウィキペディア「櫻井忠温」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
