山沖 之彦(やまおき ゆきひこ、1959年7月26日 - )は、高知県幡多郡黒潮町出身の元プロ野球選手(投手)・野球指導者、野球解説者。 中学校ではバスケットボール部に所属。すぐにレギュラーとなったが「練習がきつくて」2年生時に野球部に移るも、活躍はできなかった。野球を続ける気はなかったが、進学先の中村高校で熱心に勧誘され、入部するとたちまち頭角を現す。1977年の春の選抜にエースとして出場(チームメンバー12名で「二十四の瞳」と称された)。1回戦第1試合で戸畑高を完封し波に乗る。準々決勝では天理高の福家雅明に投げ勝った。決勝まで勝ち進み、石井雅博や上川誠二のいた箕島高と対戦。左腕エース東裕司(三菱自動車水島)と投げ合うが0-3で完封を喫し、準優勝にとどまった。
出典:ウィキペディア「山沖之彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
