市橋 秀彦(いちはし ひでひこ、1953年1月10日 - )は、福岡県飯塚市出身の元プロ野球選手である。ポジションは投手、内野手。 九州工業高等学校では、エースとして1970年夏の甲子園県予選決勝に進出、博多工を降し選手権出場を決める。予選7試合で計75三振を奪い、本格派投手として注目された。甲子園では、1回戦で大分商の小川清一と投げ合い、延長15回まで進むが力尽き1-5で敗退。 同年のドラフト会議で、近鉄バファローズから1位指名を受け、入団。入団時はオーバースローの本格派だったが、2年目の秋あたりに、腰の回転がサイドスローに向いていると判断した投手コーチ・中原宏の指導で、サイドスローに転向。秋の教育リーグ「阪神、阪急戦」でテストした結果、スピードも乗っているうえに、制球力不足も解消されつつあった。
出典:ウィキペディア「市橋秀彦」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
