江頭 安太郎(えがしら やすたろう、1865年3月9日〈元治2年2月12日〉- 1913年〈大正2年〉1月23日)は、日本の海軍軍人。海兵12期首席・海大甲号学生5期首席。海軍中将従四位勲二等功三級。皇后雅子の曽祖父、文学者江藤淳の祖父。 現在の佐賀県佐賀市北川副町大字木原に江頭嘉蔵・キノの次男として生まれた。父・嘉蔵は佐賀藩の下級武士であった。嘉蔵の生年は不明だが、安太郎が生まれた頃すでに40代であったとされる。安太郎が学齢期を迎えた頃、嘉蔵は佐賀中学校(現佐賀西高校)に学校用務員として勤務していた。 佐賀中学校に入学後に上京して攻玉社に入り、海兵12期の同期生、さらには後に親族となる山屋他人(海軍大将。
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