浮田 逸郎(うきた いつろう、1932年3月27日 - 2017年4月29日)は、長崎県佐世保市出身のプロ野球選手。 佐世保北高校から1950年に西日本パイレーツへ練習生として入団。 同年の6月頃に、独立二軍チームだった山陽クラウンズへ他3選手と一緒に派遣されたとみられる。 1951年に西日本が西鉄と合併すると、西日本からの派遣組4人は全員解雇される。浮田は地元・佐世保の市役所に勤務するが、野球への思いは断ちがたく、1選手として山陽クラウンズに復帰した。 1952年にチームが解散し、1953年に高橋真輝とともに大洋松竹ロビンスへ入団。プロ入り初登板を果たすが、肩を痛め同年引退。カーブが武器だった。
出典:ウィキペディア「浮田逸郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
