小畑 惟清(おばた これきよ、1883年〈明治16年〉6月2日 - 1962年〈昭和37年〉7月23日)は、日本の医学者(医学博士)、産婦人科医(浜田産科婦人科病院院長)。東京都特別区公安委員、実践女子学園理事長、日本産科婦人科学会会長、東京都医師会会長、日本医師会会長を歴任。 熊本県宇土郡宇土町にて漢方医小畑宗憲の次男として生まれる(長男は夭逝)。宇土尋常小学校卒業後、鶴城学館予科(高等小学科)及び本科(中学科)、さらに熊本市の私立済々黌へ編入。1901年(明治34年)に県立熊本中学校(第二済々黌より改称)、1904年(明治37年)に第五高等学校、1908年(明治41年)12月に東京帝国大学医科大学を卒業。
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