赤瀬川 隼(あかせがわ しゅん、本名:赤瀬川 隼彦〈あかせがわ はやひこ〉、1931年11月5日 - 2015年1月26日)は、日本の小説家。 三重県四日市市生まれ。10歳から18歳までの青少年期を大分市で過ごす。大分第一高等学校(現大分県立大分上野丘高等学校)卒業。旧制中学の同級生に、磯崎新がいた。 住友銀行への16年の勤務を経て、ラボ教育センターの運営会社のテックに勤務し、のちに言語交流研究所(テックから、榊原陽らが独立して作ったヒッポファミリークラブの関連組織)に勤務し主に広報の仕事に従事した。その後は全集物のセールスマンなどに従事。 1983年に『球は転々宇宙間』で第4回吉川英治文学新人賞を受賞し本格的に作家デビュー。
出典:ウィキペディア「赤瀬川隼」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
