田中 省三(たなか せいぞう、1858年2月20日(安政5年1月7日)- 1925年(大正14年)6月29日)は、明治から大正期の実業家、政治家。衆議院議員(1期)。 大隅国囎唹郡福山郷福山村小廻(現鹿児島県霧島市福山町福山)で生まれる。町田実有から漢学を学んだ。1876年(明治9年)福山小学校を卒業。1876年(明治9年)西南戦争で西郷軍に加わり、宮崎で官軍に捕らえられ細島に流罪となった。その後赦免されて帰郷し、1882年(明治15年)鹿児島師範学校を卒業。福山小学校の教師を務め、1885年(明治18年)同郷で当時石川県庁勤務の川上親晴の推薦で能登半島の小学校長に就任。1年ほどで辞職して、奈良県五条の看守長、大阪地方裁判所書記などを歴任。
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