川上 為治(かわかみ ためじ、1907年〈明治40年〉10月10日 - 1984年〈昭和59年〉5月6日)は、昭和期の官僚、政治家。参議院議員、中小企業庁長官。 鹿児島県日置郡、のちの金峰町(現南さつま市)で生まれる。旧制の私立福山中学校(現鹿児島県立福山高等学校)を経て、第一高等学校を卒業。1933年(昭和8年)10月、高等試験行政科試験に合格し、1934年(昭和9年)東京帝国大学経済学部を卒業した。同年、商工省に入省し商務局属に任官。以後、同省事務官、北京興亜院商工課長、商工省石炭課長などを務めた。 戦後は物価庁第三部長、通商産業省(現経済産業省)鉱山局長、同公益事業局長、中小企業庁長官などを歴任した。
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